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赤の姫と風の精霊の詩  作者: 羽紗子


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21/31

21.客人

後書きに挿し絵があります

 コツ……コツ……


 微かな音を聞き付けて、ネリーは寝具から抜け出して、窓辺に駆け寄った。少しだけ窓を開くと、ガラスの鳩が飛び込んでくる。二の腕に留まらせ耳を傾けると、夜の静けさを破らないほどの音量で、最近よく聞くようになった声が聞こえてきた。

 火鉢の火が消えた室内は寒く、寝具に座ると掛け布(キルト)を引き寄せて鳩ごと頭から包まった。


『こんばんは、ネリー。

 お元気ですか?

 話したいことができたので、鳩に託しました』


 シルフィは、タワシ国の人と話したことや、その後フィーディと決闘をしたことなどを話した。

 魔法の無い国のことはネリーも想像がつかなかったので、魔法に頼らない医療について興味深く聞いた。

 決闘のことは驚いたが、男の子だからそのくらいは普通のことなのかな? と、大して疑問にも思わなかった。模擬戦の試合だろうと思っていたのもある。しかし岩が崩れてきたと聞いたときにはどきりとして、怪我をしていないか心配になった。


『フィーディは無事です。ただ、頭を打った衝撃のせいか、新しい魔法の力が目覚めました。今まで使えなかった治癒魔法が使えるようになったのです。彼は、神官にはならないようで、城の魔法使いを目指すそうです』


「新しい魔法の力が目覚めるなんて、そんなことがあるのね」


『本当に話したいことは、ここからです。

 私はこの決闘で、攻撃魔法を使いました。

 実は、今まで使えることを隠していたのです。皆を騙すような真似をして、本当に後悔しています。

 トケイ国にいるときに先生から『目立ってはいけない』と教えられたからです。

 私は少し自惚れていたようです。

 魔法の力が誰よりも強いと、そう思い込んでいました。だからこそ、いらぬ嫉妬や波風を立てないように半分力を隠しておこうと思ったのです。しかし、実際にはフィーディと互角でした。『自惚れも大概にしろ』と、過去の自分に言ってやりたいです。

 王様が帰ってきたら、正直に話そうと思っています。その前に、ネリーには伝えておきたかった。

 今まで騙していてごめんなさい』


「謝るほどのことじゃないのに……」


 シルフィが魔法の力を隠していることには気づいていた。王様もそうだろう。けれど、彼の口から伝えられるのを待っていたのだ。なにか事情があるのに違いないと。

 ようやく話してくれたことで、彼の回りを囲っていた透明な壁のようなものが取り払われたような気がする。


 ふと、ネリーはあることに気づいた。

 シルフィは決闘する前は、小神殿の手伝いで治癒魔法を使い魔力を削られていたはず。どうやらそれを忘れて、フィーディと互角だと思い込んでいるらしかった。


『――戦いが中断されたとき、崩れた岩の向こうから魔物と契約した女性が現れました。彼女はまだ取り憑かれたばかりで理性を保っていて、魔物もまた理性を保ち、心も願いもあるのだと話しました。束の間の夢の為に、お互いがお互いを蝕む毒になってしまう。なんと、悲しいことでしょうか。

 すみません、つらつら話していたら長くなりました。

 ネリーの方は、何事もありませんでしたか?

 ……では、おやすみなさい』


 魔力が途切れ、鳩は口をつぐむ。


 魔物と人の契約のことを考えていたら、いつしか眠っていた。その夜は、人と魔物が幸せを求めた結果、共に滅びに向かう悲しい夢を見た。


   ◇◇◇◇◇◇


 王様が領内の視察に出掛けてから数日後、城に客人が訪れた。

 客人は素性を問わずもてなさなければならない掟があったので、ベリル王妃とネリーは旅の埃を落とす為に入浴を勧めたり、食事を用意したり、吟遊詩人に頼んで歌ってもらったりと、退屈させないよう気を使って采配した。


「敵かもしれないのに、もてなさなければならないなんて」


 王妃は結界で魔物を追い出せても、間者かもしれない人間を自ら招き入れていては意味がないと嘆いていた。


 客人は宴会で思う存分飲み食いした後、素性を明かした。


「私はマヨラナ国の周囲の島々の一つ、緑豊かなサジ島の領主の息子です。見聞を広げるために旅をしていました」


 そして、一目惚れをしたと、姫に結婚を申し込んだ。

 王様がいないときに決められないからと断ったが、サジ島の客人は諦めず、王様が帰るまで待つと言い、城に居座った。

 追い返すわけにもいかず、王様が帰るまで待つしかないと諦めた。

 

 ベリル王妃は気を張って疲れている様子で、あまり休めていないようだし、ネリーは仕方なしに客人の前に出る度に


「川の精霊のような髪、聡明な瞳、なんと美しい。是非私と結婚してください」


と毎回言葉を変えて容姿を誉めそやし、求婚されるので、鳥肌がたち、今すぐ追い返したくて仕方がなくなった。


「申し訳ありませんが、私の一存で決めるわけにはまいりませんので」


 辛うじてそれだけ答えると、早足でその場を去り、部屋に引きこもった。本当はベリル王妃の手伝いをしたかったが、あの客人にばったり出会うかと思うと、部屋を出るのが怖かった。


 しかし、こんなときに限って客人が次々と訪れた。


「王の不在を狙って、わざと来ているに違いないわ」


 ベリル王妃は普段はあまり変わらない表情を僅かに変えて呟いたので、よほど腹に据えかねているのだろう。

 ネリーは王妃を宥めて、疲れている彼女の変わりに客人の対応に出た。


 宴会は、もはや何かの祝いの祭りのように賑やかになった。客人たちが互いに話をし、ボードゲームに興じ、食事をし、ワインを飲んだ。

 ネリーは客人に帰りたくなるよう故郷や旅の話を振ってみたが、その土地に伝わる精霊の話に花が咲いてしまった。


「きっとその精霊はこの世の者では敵わないほど美しかったに違いないですわ。ああ、私もそんな風に美しくなりたい」


「お嬢さんは、十分美しいですよ。何が不満なんですか?」


 サジ国の領主の息子と、これまたどこぞの領主の娘が話している。


「今美しくたって、すぐにお婆ちゃんになってしまうでしょう? 精霊は年を取らないという話だから、羨ましいなって」


「そうでしょうか? 年をとっても、美しい人は美しいですよ」


 この二人が結婚すればいいのにと思っていると、こちらに話を振られた。


「カーネリアン様はいかがですか? 永遠に若く生きたいと思いますか?」


「私は、思いません」


「なぜです?」


「私は、普通の人間ですから。もしも、精霊のように長く生きることになれば、きっと耐えられなくて狂ってしまうでしょう」


「でも、姫巫女様でいらっしゃるのだから、普通ではありませんでしょう」


「普通ですよ。普通の人間の代表が姫巫女なのです。つまり、普通の中の普通です。普通に歳を重ねて、普通に死にます」


「私にはわかりません。姫君は姫君ですよ。特別でないといけないのですよ。なにせ、未来の女王様なのですから」


「そうですよ、カーネリアン様。あなた様は私たちの希望の光です」


 皆、ネリーを女として、未来の女王として見てくる。

 皆がネリーに期待している。その期待が重い。

 ネリーには、女王になる以外の道がない。


 結婚する相手は、安心してその重荷を半分預けられる人がいい。


 ふと、シルフィのことが思い浮かび、しかしすぐに打ち消した。

 シルフィには、自由な風でいてほしい。

 王様として縛られるよりは、神官の方がまだ自由だ。それに、神官は辞めたければいつでも辞められる。王のように縛られることもない。


 ネリーとシルフィの、特になんてことのない日常の積み重ねが思い返された。

 シルフィだけは一人の人間として見てくれている気がする。

 そもそも、シルフィがネリーのことを好きかどうかもわからない。少なくとも嫌われてはいないだろうと思うが、初対面が猫だったせいで、正体を知らずに思い切り抱き締めてしまった。初対面の人に図々しく抱き締められたら、嫌がられてもおかしくない。ネリーは少し落ち込んだ。

 でも、鳩の返事を沢山返してくれるし、きっと、嫌われてはいないと信じたい。彼とは、親友になれたらいいなと思う。



 帰ろうとしない客人たちを各々の部屋へ従者に案内させ、その日の役目を終えた後、部屋で一人ガラスの鳩に向かい話しかけた。

 沢山の客人が来たこと。母が疲れていること。早く帰ってほしいことなど。求婚されていることはなんとなく言えなかった。


 次の日、また増えた客人に料理を振る舞っていると、一匹の猫がふらりと現れた。

 同時に風が吹き込み、皆が気を取られている隙に、詩人に囁いた。


 詩人は曲を奏で始める。それは、郷愁を煽るような曲だった。

 客人は一人、また一人と席を立ち、旅の空の下へと出て行った。求婚者でさえ、郷愁に抗えずに帰って行った。


「こんな曲があったなんて……」


 ネリーも、ベリル王妃ですら知らなかったそれを、詩人は知っていたようだ。なぜ、もっと早く演奏しなかったのだと王妃は言ったが、詩人はその曲の存在をすっかり忘れていたのだという。


「なにせ、これは子守唄ですからね。たとえ、音楽を司る精霊が作詩作曲したからと言って、客人を帰らせる効果があるなんて思わないではありませんか。ところで、この曲をリクエストされたのはどなたです? 耳元で声がしたんですが姿が見えず……もしかしたら、幽霊?」


 猫はいつの間にか居なくなっていた。

 ネリーは、その正体がシルフィだと気づいていた。きっと鳩に伝言したために、客人を帰らせる方法を色々と調べてくれたのだろう。


 ベリル王妃はそのことがあってから、湖月への当たりが少しだけ和らいだ。


 その数日後、王様は無事に帰還した。



この先に挿し絵があります↓







挿絵(By みてみん)

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