19.鳩
後書きに挿し絵があります
※修正報告 前回の王様の言葉を一部変更しました
「他国の訪問」ではなく「領地の視察」に行きます
書いてしまってから、古代の王様はあまり領地から離れないものだと知ったので、行く先を変えました
勉強不足ですみません
架空の世界のファンタジーですが、王様が他国へ行くと危険なことには変わりありませんので、王様には国内の視察に行ってもらうことにしました
「ふむ、魔物は個体差があり、地上へと出たい勢力と引き留めたい勢力とに別れているわけだな。魔王は、引き留めたい勢力の方だと。しかし、その話がただの夢ではないという証明は出来るか? これまで、魔界へ行って帰って来た者など聞いたことがない。ましてや、魔王と会ったなどと。信じたい気持ちは山々だが、私は国を治める者として、安易に信じる訳にはいかないのだ」
「……ごもっともだと思います。私も、実際に見ていなければ、誰かに『魔界へ行った』と言われても、俄には信じられないでしょうから。証明は、残念ながらできません」
「公表はせずとも、私の心に留めておこう。後々、何かの役に立つかもしれぬ。もしそれが本当ならば、これ程貴重な情報はないからな」
「目が覚めたばかりで沢山話をして疲れただろう。ここで静養しながら英気を養うといい。さて、ヘリオドール。先ほど私をお邪魔虫と言ったのは、どういう了見だ?」
「え、聞こえていらっしゃったのですか」
「当たり前だ。恋バナも大概にするがよい。ネリーと湖月王子が看病の為とはいえ、一緒にいるということは他言無用で頼むぞ。それと、猫の変身魔法のことも禁句とする。もしその魔法が広まって、動物の姿で城へ忍び込まれでもしたら厄介だからな。よいか? 湖月王子、ネリー、ヘリア。後で、ジルコンにも伝えておくように」
「了解いたしました」
王様は頷き、今度こそ立ち去った。
ずっと眠っていたというのに、調子が悪いのを押して一度に沢山話したからか、急激に眠気が襲ってくる。
目蓋が降りるに任せて世界が暗闇に包まれると、ふと、魔界でのことが脳裏に甦る。
魔王の仮の姿とはいえ、かつての先生の姿を久々に見た。懐かしい想いと共に、その姿がどことなくオニキスに似ていたことに気付く。単なる偶然だろうか?
その気付きは、睡魔に引き寄せられるうちに頭の片隅に追いやられて、いつしか忘れられた。
◇◇◇◇◇◇
「ねえ、ちょっと聞いて聞いてジルコン」
「なんですか、先輩。若い娘みたいにはしゃいで」
「私が若くないってか?」
「若いです、若いです、話を聞きますから」
「ネリーさまがさあ、湖月王子に手ずから食事を食べさせていたんだよ。湖月さまは最初は恥ずかしがって頬を染めていてさ、それを見たネリーさまもなんだか恥ずかしくなったみたいでぎこちなくなってさ。やだもう、初々しい! 護衛してるこっちまで恥ずかしくなっちゃった!」
「『なっちゃった!』じゃないですよ。どうしたんですか先輩、酔っ払っているんですか? いつからそんな乙女な性格になったんですか」
「私は元からこういう性格だ。酔っ払っているとは何事だ。私は素面だ。今日はな。あの二人を見ているだけで楽しいから、酒なんか飲む気にならなくてな」
「それは良いことですね。いちいち飲みすぎないように酒屋を連れ出すのは大変ですから。あの二人にはずっと一緒にいてもらえないですかね」
「何を言っているんだ、ジルコン。期間限定の逢瀬だからこそ燃え上がるんだ。儚さに悶えてしまうんだよ、私が」
「あなたこそ何を言っているんですか。二人は恋人同士じゃないし、ただ、看病する人とされる人の関係でしかないでしょうが。勝手に関係を妄想したりして、王妃様に怒られますよ」
「それに、今は仕事中ですよ。そういう話なら仕事が終わってからにしてください」
「いいじゃないか。他に話せる人がいないんだよ」
「あ、王妃様がいらっしゃいますよ」
ヘリオドールとジルコンは無駄話を止めて、姿勢を正した。王妃はその横を早足で通り過ぎる。垣間見えた表情は険しい。
「ネリー。いつまでその部屋にいるつもりなの。もう、殆ど治癒しているのでしょう。あなたが身の回りの世話をなんでもすることはないのですよ」
「お母様、まだ瘴気が抜けきっていません。死の呪いは体内で複雑に絡み付いていて……」
「身体も自由に動かせないほど? だからといって、あなたが食事まで面倒を見るのはやり過ぎです」
「治癒魔法だけが治療ではありません。私は私なりに恩義を返そうとしているのです」
「それは良い心掛けだと思うけれど、未婚の男女が一つの部屋にいるのをもし知られたら、外聞が悪いのですよ」
「外聞なんて、知りません。それに、彼も私もまだ子供です」
「子供ですって? あなたはもうすぐ十四になりますよ。湖月王子だって十五に近いはず。あなたには結婚の申し込みがすでに山ほど来ているし、そろそろ大人の自覚を持つ頃よ」
「すみません、王妃様。私が動けないばかりに姫君にご迷惑を。身体が自由に動けるようになれば、すぐにでも神殿の宿舎に帰りますので」
「湖月」
「そろそろ、自分で治癒魔法もかけられそうですから」
「でもまだ……」
「そうですね、そうした方がいいでしょう。神殿には治癒を使える者が多くいます。いつまでもここに身を潜めさせて窮屈な思いをさせることもないでしょう」
「そうしたら、私は」
「あなたの役目は、それで終わりです。神殿の彼の部屋に行くなんて、してはなりませんよ。わかりましたね?」
「……はい」
王妃様はネリーに言い聞かせると、また早足で出て行った。
「なんか、王妃さまいつもよりピリピリしていませんか?」
ジルコンがヘリアに声を潜めて話し掛ける。
「王様が出張でいらっしゃらないから、気を張っていらっしゃるのだろう。しっかり留守を守らなければと」
「それにしても、あんな風に引き離さなくても」
「そうだよね~。ジルもわかる? ネリーさまめっちゃ落ち込んでるじゃん。理不尽な力に引き離される恋人――運命の荒波に押し流され――」
「恋人じゃないですから。勝手に恋愛物語を作らないでください。ていうか、また人格が変わっていますよ」
「変わっていない。私は元からこうだ」
「それはともかく、姫君が落ち込んでいるのは私にもわかります。王妃様は外聞を気にしていらっしゃったけれど、本当にこれで良かったのでしょうか?」
「邪推する者はいるものだ。仕方がないことではあるのだろう。特に、魔物が侵入した事件があった後なのだ、ピリピリもするだろうな」
「急に真面目になりますね」
「私は元から真面目だ。はっちゃけるときも、真面目に全身全霊ではっちゃけている」
「なるほど」
「王妃さまは、何故だか湖月さまには当たりが強い気がするな。誰かに何かを吹き込まれでもしたのだろうか」
「まさか、暗殺者だとでも?」
「そんなわけないだろう。ただ、トケイ国の間諜かもしれないとは疑われている節がある」
「誰かが言っていたのですか?」
「ああ。魔法研究所と関わりがある貴族が話しているのを偶然聞いた」
「まさか、先輩は信じていないですよね? 彼は、どこにも連絡をとっていませんよ」
「私もその噂は信じていない。しかし、王妃様はどうだろうな……。真面目だが、信じやすい方だから」
「風当たりが強くならなければいいですが……」
その後、完璧ではないが自由に歩けるようになった湖月は城の一室を出て自室に戻った。
ジルコンが危惧したように王妃の風当たりが強くなった湖月は、今までのように姫君と図書館で会うこともなくなった。
湖月は毎日自身に治癒魔法をかけるのが日課になり、神官見習いから神官になったことで更に難しい仕事に向き合いながら日々を過ごしていた。
そんなある日、夕方自室に帰って来たとき、換気していた窓を閉めようとしたら、何かが飛び込んで来た。
それは、ガラスの鳩だった。
「魔法道具?」
鳩は湖月の肩に留まった。
そして馴染みのある魔力と共に、小さな声で話し始めた。湖月は耳を寄せる。
『シルフィ。この鳩はサフィの発明品で、遠くまで声を届けることができます。目的の人以外には話しませんし、飛んでいる姿は誰にも見られません。サフィと私が話すために作られましたが、双方の城の結界のことを考えていなかったので実現には至りませんでした。でも城と大神殿なら同じ結界の中ですから、この魔力を帯びた鳩も行き来できます。体調のことや、他にも話したいことがあれば、この鳩に伝言を託してください――』




