14.冬至の祭り
目を覚ました時、宿舎の自室ではないことに気がついた。回らない頭で暫く考えた後、ようやくこれまでのことを思い出す。
ここは、多分小神殿の治療室だ。そこの寝台に寝ていた。門前で倒れていた湖月を、誰かが見つけて拾ってくれたのだろう。
着ているのは破けて血で汚れた衣服ではなく、清潔な寝巻きだ。寝ている間に着替えさせてくれたらしい。
起き上がっても眩暈や貧血の症状はなかった。魔力が回復して来ているのがわかる。完全ではないが、これなら支障なく動けそうだ。
扉を開くと、丁度来たらしい巫女のローズとばったり出会った。
「あら、起きたのね。調子はどう? 湖月くん」
「おかげさまで、良くなりました。夜中だったと思うのに、見つけて拾ってくださって助かりました」
「見つけて運び込んだのはジェイドよ。何があったのかは知らないけれど、倒れていたのがここの前で良かったわ。よく辿り着けたわね」
「あの、大神殿には」
「昨夜のうちに連絡をしたから大丈夫よ。朝になったらオニキスが迎えに来ると言っていたわ」
湖月はオニキスの説教を予感し、今から気が重くなった。
ローズは腕に抱えている神官服を差し出す。
「あなたの服は今洗って干してあるから、代わりにこれを。ジェイドの服だから少し大きいけれど、ベルトで調節すれば大丈夫だと思うわ」
「どうも、ありがとうございます」
「随分あちこち切れていて、血まみれだったわ。身体の方は、自分で治癒魔法で治したのね。だから、魔力切れ寸前になってしまったのね」
「はい」
治癒魔法の他に、魔物と魔法で戦ったせいでもあった。
「魔物?」
簡潔な問いに、こくりと頷く。
ローズは頷き返し、
「あなたが起きたって、ジェイドに伝えてくるわ」
と扉を閉めて引き返して行った。
受け取った服を着ると随分ゆったりとして裾が余ったが、ベルトでなんとかした。
支度が出来た頃、ローズがジェイドを伴って来た。
持って来た火鉢に火を入れながら、
「食事を持ってくるわね。足りない栄養を補わないと」
と言って彼女はすぐに部屋を出た。
「具合はどうだい?」
「少し眩暈はしますが、普通に歩けるくらいには回復しました。ジェイドさん、拾ってくださってありがとうございます」
「昨夜はびっくりしたよ。偶然、表を見に行ったから気づけたんだ。もう戸締まりもしてしまって休もうとしていたところに、玄関の魔除けの鈴が鳴ってね。誰か緊急の患者でも訪ねて来たんじゃないかと外を見ても誰もおらず、少し離れた道路に君が倒れていたのを見つけたんだ」
「誰かが、知らせてくれたのでしょうか?」
「さて、もしかしたら、君を見守っている精霊かも知れないな。それより、大神殿に使いをやって知らせたら、オニキスが駆けつけてね。とても心配していたようだよ。君が魔物の報告を受けて一人で出ていってからいつまでも帰ってこないし、報告されたような魔物の姿はどこにもないし、何者かの陰謀に巻き込まれたのではないかと、応援を呼んでずっと探していたらしい。朝に迎えに来ると言っていたよ」
どうしよう……。
大変な迷惑をかけてしまった。
申し訳ないという思いと同時に、心配をさせてしまった分のお説教が長くなりそうで憂鬱だという気持ちが沸き起こる。
「そんなに心配しなくても、彼は怒ったりはしないよ。君が生きて戻ってきたことを、とても安堵していた。詳しい話は、彼が来てから話してもらえるかい?」
「はい」
「食事持って来たわよ」
そこへ、お盆を持ったローズが戻ってきた。
「早いな」
「食堂で出来上がったのを分けてもらっただけだもの。キャベツと魚のスープとパンよ。魚は食べられるでしょ?」
「はい」
「以前、ここに暫く滞在していた子で、魚が食べられない子がいたの。祭りの日以外は殆ど魚しか出ないから、栄養が足りていないんじゃないかと心配になったわ。あの子がいなくなってから、もう半年か……」
「何か、あったのですか?」
「湖月くんがマヨラナ国へ来る少し前の話よ。青の姫過激派の人たちに、青の姫君に間違われて連れ去られたの。とても、似ていたのよ。元々、市民の中には『青の姫派』、『赤の姫派』という派閥があってね、殆どの人は穏やかに見守るだけだったんだけど、少数の過激派が、『青の姫君を人質にするなど許せない!』と、こっそりと町へ忍んで訪れる姫君を誘拐して、閉じ込めようと画策したのよ」
「こっそりと町へ?」
「そういう姫様なの」
「そういえば、トーラ巫女長がそんなことを言っていました」
「それでね、間違って拐われた女の子は、オニキスも会ったことがあって、誘拐された時は、城の魔法使いと共に率先して探したの。けれど、ようやく見つけたアジトには犯人だけがいて、取り憑かれた魔物に精神を侵食されて暴れていた。女の子のいた痕跡は残っていたけれど、姿はなかったわ」
「じゃあ、その子は……」
「多分、洞窟を流れる川に落ちたんじゃないかと言われている。残念ながら、地下を流れる川に落ちて、助かるとは思えないわ。それでも、ご両親はきっと生きていると信じて、ずっと帰りを待っていた。魔素酔いでこの国を去るときまでずっとね。私たちに、『もし、あの子が帰ってきたときのために、居場所を残しておいてください』と頼んで。あなたを探しているオニキスの様子が、そのときのことを思い出させたわ。あの子が拐われたと知ったとき、彼は必死になって探したの。『もっときちんと忠告すべきだった』と言って、自分を責めていたわ。だから、今回、あなたが戻って来たことで、オニキスは二度も喪失を味わうことなく、心は救われたと思うわ。あら、スープが冷めてしまうわよ、早く食べてしまって。そろそろ、迎えが来るんじゃないかしら」
ローズに言われて食事の存在を思い出し、黙々と食べ始めた。
食べ終わる頃に、オニキスが訪れた。
ああ……、眉間の皺が更に深く……。まるで、渓谷のようだ……。
「無事で良かった」
その瞬間眉間の皺が薄れて、表情が怒りよりも泣き出しそうに見えたので、湖月は身構えて緊張していた肩の力がふっと抜けた。
「何があったのか、詳しく話してもらえますね?」
圧がすごい。
しかし、とても心配していたことは伝わってきた。
全て話したいが、そうするとウルテネのことまで話さねばならなくなる。ウルテネは助けてくれたし、魔物信者ではなさそうだから、間違って指名手配されてしまってはいけない。
寝台や椅子に腰掛けて、昨日の出来事を三人に話す。
魔物信者の集会の只中に落とされたこと。
生け贄にされそうになったこと。
姫君が魔物に狙われていることなど。
ウルテネのことは言わないつもりだったが、自分一人で切り抜けたのは無理があるため、結局話した。ただし名前は言わず、知らない人が助けてくれたことにして。
そして、ウルテネの知り得た知識と考察の断片も。
強い魔力に惹かれ、恐れる魔物たち。
そんな魔物の力を求めて、様々な理由で自ら魔物に取り憑かれる魔物信者たち。やがて身体と精神に破滅が訪れると知りながら――。
「なるほど。姫君が魔物に頻繁に狙われる理由がそれなら、納得がいきますね。姫巫女としての魔力はこの国の誰よりも強い。魔物が地上に進出しようとしているのならば、力の強い存在は邪魔なのでしょう。これは、由々しき事態です。すぐに王様にこの事を伝えなければ」
それから更に姫君の周りの警備が強化され、魔物信者の集会場の捜索がなされたが、無数に枝分かれした地下洞窟の中から見つけることは不可能に近かった。
◇◇◇◇◇◇
祭りの日。
大神殿での儀式が始まる。
祈りの儀式の為に姫君が人々の前に姿を現した。
白くひらめく衣装に身を包み、祭壇へと粛々と歩を進める。その姿は幻想的で、まるで花の精霊が舞い降りたようだ。
「――秋の実りに感謝を――人々の平穏を――……」
長い祈りと共に、守りの魔力が広がってゆく。
それは集まった国民に粉雪のように降り注いだ。
大神殿での儀式が終わると、生け贄の牛が調理されて大衆に振る舞われた。
七日七晩続く祭りでは、町で様々な催し物や大会があるという。
神官、巫女は交代で休み、息抜きに町の祭りを見に行く者が殆どだ。
湖月も休みの日に町へ出掛けた。
いつもに増して賑やかな大通りには、普段とは違う屋台が並び、ジュウジュウ焼ける音や香ばしい匂いで客を集めている。
道端の木には飾り付けがされ、そのための飾りを扱う店もあった。
道のあちこちでで小規模な大会が催され、その奇抜さに出会う度驚かされた。
早口言葉大会、
変顔大会、
木の飾り付け大会、
口笛大会、
編み物大会、
赤ちゃんのはいはい競争、
料理大会、
その他、まだ出会っていない面白そうな大会が町中に沢山あるのだろうと思わされた。
トケイ国では、こんな大会を見たことがない。一体、誰が考えたのだろう? と思っていたら、大会の参加者募集の呼び込みで、「王様発案! 野菜の新鮮さ見極め大会!」「王様発案、欠伸大会、参加者随時募集中!」など聞こえて来る。もしかしたら、殆どの大会が王様発案なのかもしれない。
大会を冷やかしながら歩いていたら、
「魔物にあったことはありますか?」
と怪しげな女に話しかけられた。嫌な予感がしたので、早足で逃げた。
その後、神官長を見かけた。城で紹介されたことのある建築家と話している。
「床下暖房の調子はその後、どうですか?」
「快適だよ。なんの問題もない」
神殿のどこかに取り付けたのだろうかと思いながら、気づかれなかったのでそのまま通りすぎた。
広場では火を囲んで踊ったり、その周りで談笑する人々の楽しげな姿。楽器の演奏や歌が祭りを盛り上げている。
「ねこ!」
「ん?」
ぼんやり眺めていたところに、聞き覚えのある子供の声がして下を向くと、すぐそばに小石ちゃんがいて、湖月の羽織りの裾を掴んでいた。
じっとこちらを見上げて、躍りの輪の方へ引っ張って行こうとする。
「踊りたいの?」
「とり!」
相変わらず、答えはとんちんかんだ。
しかし、スキップする足が踊りたいことをよく伝えてくる。もともと、一人で何をするでもなしに歩いていただけなので、裾を引かれるままに躍りの輪に加わった。町の大人も子供も自由に参加して踊る中に紛れて、小石ちゃんと手をつないで適当な振り付けで踊る。
小石ちゃんはにこにこと笑い、くるくると回る。彼女が転ばないようにと気をつけていると、自分の方が不注意になっていたようだ。誰かと肩が軽くぶつかった。
「あ、すみません」
「いいえ、こちらこそ」
「え……」
そこにいたのは、姫君だった。町娘の出で立ちをして、仮面で顔を隠しているが、声や雰囲気ですぐにわかった。
湖月は、どうしてこんなところに? と思ったが、姫君も庶民の祭りを楽しみたかったのだろうと、気づいていない振りをすることにした。
すぐに離れようとしたのに、あろうことか小石ちゃんが姫君の手をギュッと握って離さない。
そして、そのまま踊り出してしまった。二人は引きずられるように足を踏み出す。そして、三人はリズムに合わせて踊った。
小石ちゃんは、満足するまで踊ると、気がつけばどこかへいなくなっていた。
姫君と二人で広場の一角に取り残される。
「あの子は、妹?」
姫君が町人の振りをして、砕けた言葉遣いで話しかけてきた。なので、こちらも同じように砕けた言葉で答える。
「違うよ。以前に助けたことがあって、それ以来懐かれたんだ」
「そうなのね。祭りには時折精霊が紛れ込むという噂があるから、もしかしたらその子は精霊かもしれないと思ったの」
「案外、そうかも知れないよ。いつも、意味深なことばかり言うから。話が通じたことは一度もないんだ。でも、良い子だよ」
「分かるわ。祭りを心から楽しんでいたわね」
「そうだね。沢山踊って、満足して去って行ったね」
二人は、クスクスと笑う。
仮面越しだからだろうか? それとも、町娘の振りをしているからか? 今まで話しかけづらくて避けるようにしていたのに、今は普通に会話が出来ている。うっかり、秘密を話してしまうこともなさそうだ。その事実に勇気を得て、湖月は更に会話を続けた。
「祭りと言えば、私はこの国の祭りは初めてなんだけれど、奇抜な大会が沢山あって面白いね」
「おと……王様が、祭り好きでいらっしゃって、面白いことも大好きだから、色々と小さな大会を作って遊んでいらっしゃるのです」
今、お父様って言おうとしたな。と、気がついたが、もちろん黙っていた。
「『全ての人が優勝出来るような大会があると良い』と、そういう思いから始めたそうよ」
「それは、とても素晴らしい考えかただね」
「ええ、私もそう思うわ」
それから暫く二人で祭りを巡り、気になった出店で木の飾り用の猫と鳥の形をした蝋燭を一つずつ買った。
向こうから金髪の女剣士が歩いて来ると、姫君は慌てたように
「さようなら、用事があるからもう行かなきゃ。楽しかったわ」
と手を振って立ち去った。
「さようなら」
手を振り返し、その背が人波に紛れてしまうまで見送った。
◇◇◇◇◇◇
毛糸の羽織りを着て、深夜に火の番をする。
大神殿の広間には絶やしてはいけない神聖な火があり、儀式の間の暖房の代わりにもなるその火は、冬至の期間中魔物が来ないようにと燃やし続けられる。
交代で火の番をして、今夜は湖月の番だった。
火の側は暖かい。油断すると眠ってしまいそうになるのを目を瞬かせながら揺らめく火を眺めて耐えていると、ポンと肩を叩かれた。振り向くと、セージがいた。
「交代ですよ」
セージは替えの炭を余分に持って来て部屋で使うようにとくれたので、ありがたく受け取った。
部屋に戻る途中で執務室の前を通り過ぎると、細い明かりが戸の隙間からこぼれている。
まだ、仕事をしているのだろうか?
あまり無理をして倒れてしまわないか心配になり、思いきって扉をノックした。
「失礼します。夜分遅くにすみません。炭は足りていますか?」
「湖月さま。ああ、丁度炭が切れたので、魔法機械の火鉢をつけようかと思っていたところでした」
オニキスは、明らかに顔色が悪い。
「あの、差し出がましいとは思いますが、体調が悪そうなので早く休んだ方が」
「そうしたいのは山々ですが……計算が合わないのです」
彼は、机に広げられたパピルスの帳簿を指し示す。
開かれたページにはびっしりと数字が書かれている。
隣には算盤と蝋版が置かれ、鉄筆の先で引っ掻いて書かれた計算式が、消して何度も書き直した後が見られた。
「近々、定期の監察官が来ます。その前に帳簿を見直していたのですよ。帳簿係は奴隷の人が担う決まりで、今はフェンネルが担当しています。もし、計算を間違えていたりして取り調べの為に拷問をされたら可哀想ですからね。それで、出納記録や神殿への寄進や貸し付けの記録も見ていたのですが、計算しても合わないところがあるんです」
算盤の連なる金属の玉を、親の仇のように睨むオニキス。寝不足だから目付きが悪い。
「神殿は、国庫としての重要な役割があります。多額の寄進が集まるので、きちんと管理をしないといけません。神殿の信用を失わない為にも、いつも、監査が来る前にはこうして確認作業をしていたのですが」
オニキスは、忙しい身なのにこんな仕事までやっていたのか。本来ならやらなくても良いのに、フェンネルのことを気にかけて。
蝋版の計算式を見ていると、湖月の最初の先生が思い浮かぶ。あの人も、計算が得意だった。
「数字をどこか見落としていたかもしれません。もう一度計算してから寝ますから、心配せずに先に休んでください。納得できないと、このまま寝ても悪夢を見そうです」
「私も手伝えることはありますか?」
「大丈夫です」
こともなげに断られてしまった。まあ、計算は不得意だし、手伝いどころか邪魔になるだけかもしれないので、素直に退出しようとするが、その前に火鉢に炭を足して消えかけていた火を強める。
それにしても、この部屋は寒い。『聖なる火』の熱も届かないし、石の床から冷たさが這い上がってくるようだ。
「そういえば、神官長が床下暖房を作ったらしいですが、この神殿ではなさそうですね」
「床下暖房だと?」
ぎろり、と睨まれて、思わず身を竦める。
「ああ、いや。失礼。まさか、あり得ないと思ったので。湖月さまは、床下暖房がどのようなものか、ご存知ですか?」
「いいえ、名前だけ知っていました。ただ、床が暖められる便利な魔法道具なのだろうと。それがあれば、足が冷えなくて良いなと思っていましたが」
「それは、半分正解で、半分間違っています。床下から暖めるのは本当ですが、それは魔法道具ではありません。建物の外の炉で薪を燃やし、その熱を床下に作られた空洞に送り込んで暖めるのですが、それには沢山の薪を使い、常に火を絶やさないために管理をする労働者、すなわち奴隷が必要になります。そんな贅沢品は、ごく一部の富裕者の邸宅くらいにしかありません。お城にすらないのですから、清貧を信条とする神殿に、あるわけがありません。……もし、それが本当ならば、神官長は一体どこに」
◇◇◇◇◇◇




