13.地下洞窟
怪我注意
後書きに挿し絵があります
フィーディーと決定的な仲違いをしてから、魔法を半分隠していることを後悔し始めた。
トケイ国で二番目の先生が言っていた言葉『目立たぬよう』『魔法の力を押さえるよう』。その教えは果たして正しかったのだろうか?
先生は生まれも育ちもトケイ国だと言っていた。そして、人質として他国へ行ったこともない。
彼はもしかしたら、未知の国で起きるかもしれないことに悪い方へ想像を膨らませてしまったのかも。怖がらせるようなことを言っていた本人こそが、不安を感じていたのかもしれない。
初めから全力で向き合っていたら、フィーディーと友達になれて、誤解もさせずに済んだのだろうか。
というか、今更だけどフィーディーは姫君を好きなのか……。
◇◇◇◇◇◇
「おお……冷たい。この水場にも温泉を引けばいいのに。あ、おはようございます湖月さま」
「ラベンダーさん、おはようございます。今日も冷えますね」
「だんだんと冬が深まっていますね。ところで、聞きました? 近々、神官長が帰って来るんですって」
巫女のラベンダーが祭壇に花を活けるための花瓶を洗いながら、近くでお香の灰を振るっている湖月に話しかけた。
彼女は最近治癒魔法が使えるようになったので、神殿で働き始めたという。湖月がトケイ国の王子だと知り初めは驚いていたが、やがて普通に話しかけてくれるようになった。
「私、最近この神殿に来たから、神官長を見たことがなくて、てっきりオニキス神官が神官長だと思っていました」
「私も、最初はそう思っていました。そういえば、もう一ヶ月は帰ってきていませんね。よほど遠くの神殿へ行ったのでしょうか?」
「それか、近くで用事が長引いたとか」
「なに? オニキスの話し?」
そこへ、神官のセージが通りかかった。
「彼は、昨夜も遅くまで起きていたようだよ。廊下を歩いていたら、彼の部屋の扉から魔法の明かりが漏れていた。働きすぎて倒れないか心配だよ」
「そうですね……。私はオニキス神官に大分世話になっていますから、これからはあまり負担をかけないようにしないと。失敗なんてしたら、また彼の時間を削ってしまう」
「湖月さまも、失敗するんですね?」
「この国へ来たばかりの頃は、文化の違いで分からないことが多かったので、分からないことを聞いたり、色々と間違って説教をされたりしていましたよ」
「ああ、あの頃のオニキスの説教は長かったな。他の人にも説教をするが、湖月さまには特別長かった気がする」
「へえ、意外です。今では何でもそつなくこなしているように見えますよ」
「お陰さまで、なんとか半人前から一人前の手前くらいには成長できているんじゃないかなと思います」
「湖月さまって、王子様なのに謙虚ですね。あまりにも神殿や町に馴染んでいて、普通の男の子にしか見えません。あ、もちろん、良い意味でです。溶け込んでいるというか、いつの間にか、王子様ということを忘れそうになります」
「それは、願ったり叶ったりです。そもそも、私はトケイ国の神殿で育ち、王族よりも神官や巫女たちと親しんでいましたから、むしろ、王子と呼ばれることの方が違和感があります」
「へえ、そうなんですね。神殿で育ったのは僕と同じだ。治癒魔法の才能があったので、早くから親元を離れてここに来て、それからずっとここで暮らしているんです。オニキスが来るよりも前からですよ」
その時、噂をすれば影。
「そんなところでいつまでも無駄話をしていないで、仕事を進めないと一般の参拝者が来てしまいますよ」
「あ、すみません、オニキス神官」
「それに、冬至は一年で最も夜が長くなるときです。魔界が近づき、魔物の発生率が上がるときでもあります。緊急で呼び出されるかもしれませんから、心してください」
オニキスが行ってしまってから、仕事を進めながらセージはぶつぶつと文句を言った。
「それくらい、わかっているよ。一体、何回神殿で冬を越してきたと思っているんだ。神官長代理だからって偉そうに」
「まあまあ。気を引き締めるようにと、注意喚起をしてくださったんじゃないですか? 私は今年の冬が初めての勤めですから、何も知らないんです。神官や巫女が突然呼び出されることがあるんですか?」
「そうだね。魔物がどこかに出ると、現場から一番近くの神殿に通報がいく。浄化魔法を使えるのは殆どが神殿の者だからね。一般の人たちは魔法を使えない人が殆どだから、取り憑いて身体を奪い、強い魔力で攻撃してくる魔物はとても厄介だ。知り合いなどに取り憑けばやたらと攻撃できないし、城の魔法使いや神殿の者に頼むしかないんだ」
「魔物は、どうして人や動物に取り憑くんでしょうか? 身体がないからですか?」
「詳しいことは僕も知らないが、ラベンダーの考える通り、身体を持たないと言われている。だから、力を振るい魔法を使うために肉体と精神を乗っ取るのだと」
「私は一度だけ魔物を見たことがあります。実家の近所に出て、親戚の人に取り憑いたんです。その人はいつも杖をついてゆっくりと歩いていたのに、突然屋根よりも高く跳び上がって、攻撃魔法を手当たり次第に放って来たんです。……とても、恐ろしかった。近くに神殿がなく、魔法使いもいなかったので、自分達で戦うしかありませんでした。農作業で鍛えた男たちが入れ替わり立ち替わり戦いましたが、その戦いは何日も続きました。その間に、遠くの神殿まで知らせに走ったんです。でも、間に合わなかった。その人は魔物に全てを奪われてしまった。浄化されて灰になったその人を、家族で弔いました。もう、あんな思いはしたくない。――魔物って、なんなのでしょうね? どうして、身体が無いくせに地下の魔界から地上へと出て来ようとするのでしょうか?」
「それは……」
「ああ、いえ。単なる独り言みたいなものです、答えにくいことを聞いてごめんなさい。こればかりは、魔物に聞くしかないですものね。さて、仕事仕事。参拝客が来る前に終わらせなくちゃ。毎朝、誰よりも早く来て、扉が開かれるのを今か今かと待っている人がいますからね」
「ああ、あのご老人」
「湖月さまとお話しするのが生きる楽しみなのですって」
◇◇◇◇◇◇
今日から三週間は、祭りの準備や本番の為城での授業は休みになる。
いつもよりも長く参拝客を見守ったり相談に乗る仕事をしていると、開け放した扉の向こうに誰かが駆けてくるのが見えた。
「おおーい! 大変だー! 魔物が出たぞ!」
座っていた石のベンチからはっとして立ち上がる。
「どこですか?」
「すぐ近くの、キャベツ畑だ。キャベツなのに、葉が大きく広がって牙が生えて、噛み付こうとしてくるんだ! すでに、牛に被害が出ている。魔法使いが食い止めているから、浄化してほしい」
今は、オニキスは治癒魔法院で順番の来た患者に治癒魔法をかけている。他の神官たちもそれぞれに忙しい。
「わかりました、私が行きます。ラベンダーさん、後を頼みました」
「はい。どうぞお気をつけて」
「行ってきます」
「早く、こっちです!」
走り出す人の後に続く。
――おかしいな、近くだと言っていたのに、なかなか着かない。
違和感が募ってきたとき、唐突に身体を浮遊感が襲った。
足元の地面がなくなったのだ。
落とし穴か!?
落ちていくなかで見上げた穴の縁には、先程の人が歯を見せて笑っていた。その周りには、陽炎のように魔界の瘴気が漂っている。
湖月は魔法で風を起こし、身体に纏って浮かび上がろうとするが、上から重い魔力が打ち付けられる。咄嗟に防いだが、踏ん張りがきかないため、地下へ地下へと押されて行った。
下には、明らかに魔物に取り憑かれている人々が待ち構えていた。一度にこんなに大勢の魔物が集まっているところに遭遇したのは初めてだ。
「生け贄を、捕らえるのだ!」
「魔王さまの為に!」
「本当は力の強い姫君を生け贄に捧げたかったが、仕方がない――」
魔物信者たちだろうか。
魔物に取り憑かれながらも自我を保っている。
その集団の中に、顔に狐の入れ墨を入れた男がいた。いつかと同じように、じっとこちらを見つめている。
湖月は、待ち構えていた輪の中心に落ちた。
一斉に襲い来る魔法や様々な武器の攻撃を、魔法の盾で防ぎ、風の刀で弾いたが、全てを躱すことは出来ずに、身体のあちこちに大小の傷が増えていく。
辺りに満ちる戦いの音。血のにおい。
――このまま、私は死ぬのだろうか?
その考えが脳裏を過る。そして、
私が死んでも、どうせ誰も哀しまない。
そう思いかけて、心が空虚に侵食されかけたとき、攻撃を避け損ねていっそう深い傷を負ってしまった。
だめだ、しっかりしないと。魔物に隙を見せてはいけない。
ふと、毎日来てくれる老人や、小石ちゃん、神殿の人たち、フィーディ、そして姫君の顔が次々と頭に過る。
――帰らないと。
そう気持ちを奮い立たせても、あまりにも大勢の攻撃にとうとう捕まってしまった。
◇◇◇◇◇◇
気がついたとき、辺りは暗く、耳が痛いほどの静けさに満ちていた。
私は死んだのだろうか?
死者の国は地下にあるという。
しかし身動きをしたとたんに感じた激痛と、魔法の明かりが灯りすぐ近くにウルテネがいたことで、ここが現世だと知る。
彼だけは魔物に取り憑かれていなかった。
「意識が戻ったか。取り敢えず止血だけしておいたから、後は自分で治してくれ。ご存じの通り、俺は治癒魔法を使えない。この場所は安全だ。幻影で信者たちの目を眩まして、ここまで連れてきた」
自らに治癒魔法をかけている隣で、ウルテネは胡座をかいて岩壁に背を凭れた。
「助かりました、ウルテネさん。あなたはどうして信者たちと? まさか――」
「命の恩人に恩を返しただけだ。次はないから、もう捕まるなよ。あと、俺は魔物は信仰していないし、取り憑かれてもいない。魔物の言葉を研究しているだけだ。それには、この集まりは都合がいいのさ」
「魔物に言葉……? 知性があるのか? それより、兵士や城の魔法使いに見つかれば、諸共に捕まってしまいますよ」
「そんなへまはしない。なにしろ俺は、この国一の幻影魔法使いだからな。どんな包囲網も突破してみせる。魔物に知性があることをにわかには信じがたいことは分かる。なにしろ、地上に出た魔物は暴れるしかしていないからな。
しかし魔物は実は知性があって、目的の為に動いているらしい。魔界には魔王もいて、魔法の深淵を理解しているのではないかと俺は考えている」
「それを知るために言葉の研究を?」
「そういうこと」
「ウルテネさんが言葉を研究するためなら、この組織の目的は? なぜ、姫君や私を生け贄にしようと?」
「様々な理由がある。目的はバラバラでも、共通しているのは強力な魔法の力がどうしても必要だったということ。
誰かを助けたい人、
生活のために地形を変えたかった人、
誰かに恨みを抱いて復讐をする人、
純粋に力に憧れた人、
十人いたら十人違う。
それぞれに何かを抱えていて、この先の身の破滅を知りながらも縋るしかない。
そんな人たちが集まっている。
魔物と契約を交わし、自ら取り憑かれることで強くなろうとする哀れな者たち」
ウルテネはそう言い、目を臥せる。
「魔物に取り憑かれた人間が、力の強い人間に惹かれるのを見ていた。あるいは恐れて近寄らず、あるいは攻撃した。姫君が狙われるのは、力が強いからだ、多分。
地上へ進出するために、その存在が邪魔なのだろう。湖月はただ単に身分で選ばれた。魔物は人間たちを戦わせようとしている。その思いを取り憑いている魔物から感じ取った信者は、平和の楔である人質をどうにかすれば、戦争を引き起こせるかもしれないと考えたのだろう。全く、迷惑な話だ」
「私を殺したとしても、戦争は始まらない……と思う。ただの事故なら、王様が盟約違反をしたわけではないから。ただ、別の人質が連れて来られるだけだ」
「そうかな? 王様は、湖月を認めていたようだったが。別の人質を受け取ろうとはしないんじゃないか」
「……」
「なんとなく嬉しそうだな。ところで、湖月は治癒魔法だけを使えると王様は話していたが、がっつり攻撃魔法を使っていたな。隠していたのか?」
「……」
「明らかに焦っているな。だが、賢明かもしれないぞ。魔物は力に惹かれるから、隠していた方が身のためかもしれない。今回みたいに、いざというときは仕方がないが、普段は隠しておいて、魔物に気づかれないようにすればいい。姫君の場合は、もはや知れ渡ってしまっているからその手は使えないが」
ようやく傷が塞がったのでゆっくりと起き上がる。貧血と魔力が少なくなったことで、眩暈と吐き気がする。
ウルテネと同じように岩壁に寄りかかったとき、胸元でペンダントが揺れ、明かりを反射して金に光った。
これは、母のもう一つの形見だ。
触れていると、ふとある考えが浮かぶ。
――私の魔力は生まれた時から高かったという。その魔力に惹かれて、魔物が現れたとしたら?
母は病ではなく、本当は、魔物が原因で亡くなった――?
湖月は青ざめた。
「さて、治療は済んだようだし、地上まで送っていこう。あいにく、馬に変身できてもそれはただの幻影だ。中身はただの二足歩行の人間だから、背に乗せて颯爽と駆けるわけにはいかない。肩を貸すのと、背負うのと、俵抱きと、お姫様抱っこ、どれがいい?」
「肩を貸すのでお願いします」
お姫様抱っこはやめてください。
長く複雑に入り組んだ洞窟を歩き続けて、ようやく地上に出た。辺りは暗く、空には星が輝いていた。
「残念ながら、俺の手助けはここまでだ。後は自力で帰ってくれ」
「ありがとう、ウルテネさん。十分助かりました」
「では、さらば」
芝居がかった仕草をして、彼の姿は煙のように揺らめいて消えた。しかし、きっと幻影の向こう側では、普通に歩いているのだろう。現に、目をこらしたところ、星明かりに照らされた後ろ姿がぼんやりと見えた。
それから、ウルテネと反対方向の町の灯りに向かって歩く。
一歩歩くごとに息が切れる。
確か、この辺には第三小神殿があったはずだ。そこまで辿り着ければ――。
小神殿の明かりを目にした瞬間、ふっと意識が途切れた。




