第七章 沈黙2
翌日。ユーリアから情報が届いた。
茶館での会話の後、ユーリアは一晩考え、ティナの宿舎に直接訪ねてきた。深夜、フードつきの外套で顔を隠して。手には羊皮紙の束が握られていた。
「……聖堂地下の構造図です。私が作成した非公式のものですが、正確です。三年間毎日通った場所ですから」
ティナは羊皮紙を受け取り、広げた。精密な図面だった。ユーリアの字は小さく整然としており、ティナの帳簿に匹敵する正確さだった。
聖堂地下三階。北東区画。通路、階段、部屋の配置。警備の配置点。鍵の種類。コノハの部屋の正確な位置(通路の奥から三番目の扉、鍵は二重構造、内鍵は魔導式)。
「警備は二交代制です。昼の部が日の出から日暮れまで。夜の部が日暮れから日の出まで。交代時に約十五分の空白があります。交代要員が引き継ぎに手間取るので」
「十五分。短いですが、使えます」
「それと、鍵です。外鍵は物理鍵で、私が持っています。内鍵は魔導式で、枢密院の特定の魔力パターンを認識して開閉します。私の魔力パターンは登録されています」
「つまり、ユーリアさんがいれば鍵は開く」
「はい。ただし、鍵を開けた記録は魔導器具に残ります。私が開けたことは、後から調べればわかります」
「それは想定内です。だからこそ、あなたも一緒に外に出ます」
ユーリアは小さく頷いた。覚悟はできているようだった。三年間の沈黙を破る覚悟。コノハのために。そして自分自身のために。
「もう一つ」ユーリアが言った。「ヴァルター議長が、近々聖女の運用方針を見直すと言っていました。具体的な内容は聞いていませんが、あの人が『見直す』と言うときは、良い方向の変更であったことがありません」
「時間がないということですね」
「はい。……急いでください」
ティナはユーリアの手を握った。冷たい手だった。三年間、自分の感情を凍らせてきた手。
「急ぎます。そして、あなたの手が温かくなる場所に連れて行きます。うちの薬草茶は、冷えた手を温めるのが得意です」
ユーリアの唇が、微かに震えながらも、初めて笑みの形を作った。
ティナの書斎――正確には学院宿舎の仮の書斎――に、全員が集まった。
ティナ、ルディ、シーラ、そしてアンドレイ。アンドレイはルディの連絡を受けて王都に来ていた。「休暇中の私的な訪問」という名目で。猫の世話は部下に任せてきたらしい。
テーブルの上にユーリアの構造図が広げてある。その隣に、ティナが作成した救出計画書。帳簿用の罫線紙にびっしりと書き込まれた、正確な工程表。
「計画の概要です。実行は明後日の夜。夜間の警備交代時、十五分の空白を利用して聖堂地下に侵入。ユーリアさんの案内でコノハさんの部屋に到達。鍵を開け、コノハさんを連れ出し、事前に確保した脱出ルートで聖堂の外へ。外ではアンドレイ師団長が馬車を手配して待機」
「役割分担。私が指揮と記録。ルディさんが実行と護衛。シーラさんが魔法支援と監視妨害。ユーリアさんが内部案内と鍵の開錠。アンドレイ師団長が外部支援と撤退路確保」
アンドレイが計画書を読み、目を細めた。
「完成度が高い。軍の作戦計画書に匹敵する。……いや、47回死ぬ計画よりずっと良い」
「47回死ぬ計画と比較されるのは本意ではありませんが、ありがとうございます」
ルディが手を挙げた。
「一つ確認。侵入経路で警備の兵士に遭遇した場合は?」
「シーラさんの睡眠魔法で対処します。傷つけません。彼らも命令に従っているだけの人間です」
「了解。……でも、睡眠魔法で眠らせるにしても、複数を同時に処理できるのか」
シーラが手を挙げた。
「三人同時までなら可能です。四人以上は術式の維持が困難になります。ただし、通路の構造から見て、一度に四人以上に遭遇する確率は低いです」
「低い、ってどのくらいだ」
「計算しますね。通路の幅から二人並んで歩ける。巡回パターンが二人一組だとすると、鉢合わせは最大二組四人。しかし交代時は巡回が止まるので、移動中に遭遇する確率は……十三パーセントほどです」
「十三パーセントか。低くはないな」
「ゼロではありませんが、許容範囲です。それよりも問題は時間です。十五分以内に全工程を完了する必要がある。コノハさんの体力を考えると、自力で歩けるかどうかが不確定要素です」
ティナが口を開いた。
「コノハさんの歩行能力については、日記帳で確認します。最悪の場合、ルディさんが背負ってください」
「了解。それは問題ない」
「問題はもう一つあります」
全員の視線がティナに集まった。
「脱出後です。コノハさんを連れ出したとして、枢密院は当然追ってきます。ヴァルター議長が黙っているはずがない。追跡を振り切り、辺境まで逃げ切る必要がある」
「それは俺が引き受ける」アンドレイが言った。「騎士団の通行証を使って関所を通過する。勇者の護送任務という名目をつければ、途中で止められることはない。……軍の権限を私的に使用することになるが」
「よろしいのですか」
「よくない。しかし、必要だと判断した。今度こそ守る側に立つと言った。嘘にはしない」
アンドレイの翡翠色の目に、決意が宿っていた。苦悩を超えた、静かな覚悟。
ティナは計画書に最後の一行を書き加えた。
「実行日時:明後日、日暮れ後の第一刻。全員の集合場所:聖堂北側の裏路地。合言葉は――」
「合言葉いるか?」ルディが聞いた。
「いります。万が一はぐれた場合の確認用です。何がいいですか」
「『薬草茶』でいいだろ」
「却下です。意味がわかりやすすぎます」
「じゃあ何だよ」
「『添削完了』」
「…………それ合言葉か?」
「私たちにしか意味がわからないでしょう。合言葉として最適です」
アンドレイが小さく笑った。「添削完了、か。……了解した」




