表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者のセーブデータが私の日記帳に上書きされるんですが  作者: 四宮 あおい
聖女の遺書が私の日記帳に届くんですが

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/36

第二章 消耗品1

 文通が始まって三日目。


 コノハからの返事は毎日届くようになった。ティナが問いかけ、コノハが答える。ルディがティナの隣でそのやり取りを読み、前世の知識で補足する。三人の距離が、一日ごとに近づいていく。


 コノハは「ルディさん」の存在を知って、明らかに変わった。文面から静かな絶望が薄れ、代わりに「ここから出たい」という意志が芽を出し始めている。



「ルディさんも日本からなんですね。……びっくりしました。こっちの世界に日本人が自分以外にもいるなんて。

 ルディさんに聞いてもいいですか? この世界って、何なんですか。私、何も説明されていないんです。白い服を着せられて浄化しろって言われただけで」



 ルディはティナの書斎で、日記帳を前に腕を組んだ。


「説明するか。……俺の知ってる範囲でだけど」


「お願いします。私が書き取ります」


 ティナがペンを構えた。ルディが語る。この世界の仕組み、「恩寵」と呼ばれるスキルのこと、自分が転生して勇者として選ばれたときの経緯。ただし、ルディの口調はセーブデータの愚痴とは違っていた。コノハに伝えるために、不器用ながらも丁寧に言葉を選んでいる。


 ティナがそれを日記帳に書き写す。ルディの口語を、コノハに読みやすいように整える。自然と「添削」の手が入る。


「ルディさん。『この世界ぶっちゃけクソゲー仕様なんだけど』は書き直していいですか」


「……好きにしろ」


「『この世界の仕組みは不条理な面がありますが、理解すれば対処は可能です』。これでいいですか」


「意味変わってないか?」


「事実は同じです。表現が違うだけです」



 コノハの返事。



「ありがとうございます。すごくわかりやすかったです。ティナさんの文章が丁寧で読みやすくて、ルディさんの説明がリアルで。

 ……あの、ルディさん。一つ聞いてもいいですか。

 自販機のホットココア、冬に飲むと最高じゃなかったですか。ホットココアが飲みたいです」



 ルディは日記帳を覗き込み、目を見開いた。


「わかる。缶のやつだろ。手が温まるんだよな」


 ティナがペンを持ったまま待っている。


「書くんですか、これを」


「書いてくれ。――こういう話ができるの、この世界で初めてなんだ」


 ティナは黙ってルディの言葉を書き取った。ルディの声は少し掠れていた。前世の日常の、ほんの小さな記憶を共有できる相手が、初めて現れたのだ。



「缶のやつ、わかります。手に持って、ほっぺたに当てるのも好きでした。冬の朝、駅のホームで」



 コノハの返事を読んだルディは、マフラーに顔を半分埋めた。


「……駅のホームのココアか。懐かしいな」


「駅のホームとは何ですか」


「電車を待つ場所だ。冬は寒くて、みんな自販機でココアとかコーヒーとか買って、手を温めながら電車が来るのを待つ」


「なるほど。……『でんしゃ』は以前副作用で概念を受信しました。鉄の箱が線路の上を走る乗り物ですよね。それを寒い場所で待つんですか。大変ですね」


「大変だったよ。朝の満員電車とか地獄だった」


「……それは副作用で受信したくないです」


 ティナは会話を書き取りながら、少し置いてけぼりを食らっていた。ルディとコノハの間で交わされる「前世トーク」は、ティナには体験として理解できない領域だ。自販機のホットココアも、駅のホームも、満員電車も、ティナにとっては日記帳の副作用で流れ込んでくる断片的なイメージでしかない。


 しかし――二人の声から伝わるものがあった。懐かしさ。もう戻れない場所への、静かな郷愁。ルディが前世の話をするときの声は、いつもとは違う柔らかさを帯びる。コノハの文面にも、同じ柔らかさがある。共有された記憶は、理屈を超えて人を繋ぐ。


「……二人だけでわかる話をしないでください」


 ティナの苦情に、ルディは苦笑した。


「悪い。でも、こういう話ができるのが嬉しいんだよ。この世界に来てから、前世の話を誰にもできなかったから」


「それは理解します。ただ、私も会話に参加したいので、前世の話をするときは説明をつけてください。以前と同じです。意味不明な単語には注釈を」


「添削ルール、コノハにも適用されるのか……」


「当然です。文法は守ってください」


 ティナの日記帳に、ルディの「添削ルール」が書き込まれた。コノハの返事は「わかりました。気をつけます」だったが、次の日の文面には早速「意味不明な単語」が二つ混じっていた(「コインランドリー」と「コンビニおにぎり」)。ティナは赤ペン代わりの傍線を引いて「注釈をつけてください」と書き添えた。



 文通のやり取りが日常に溶け込むにつれて、コノハの文面は徐々に変化していった。


 最初の遺書のような静かな絶望は影を潜め、代わりに「日常の報告」が増えていった。管理者ユーリアが今日はいつもより早く来たこと。浄化のサンプルがいつもと違う色だったこと。壁の苔が少し伸びたこと。食事のパンがいつもより硬かったこと。


 どれも些細なことだ。しかしティナは知っている。些細な報告ができるということは、「明日もここにいる」ことを前提にしているということだ。遺書を書いていた人間が、日常を報告するようになった。それは大きな変化だ。


 しかし同時に、コノハの体調に関する記述は悪化の一途を辿っていた。



「今日は浄化を三回やりました。三回目のあとに立てなくなって、床に座り込んでしまいました。

 管理者のユーリアさんが、少しだけ手を貸してくれました。いつもは見ないふりをするのに、今日は私の腕を引いて寝台まで連れて行ってくれました。

 ……あの人、実は優しいのかもしれません。でも、優しくしちゃいけない立場なのかも」



 ティナはこの記述を読んで、二つのことを考えた。


 一つ目。コノハの身体の消耗が加速している。「立てなくなった」のは深刻な兆候だ。


 二つ目。管理者ユーリア。この人物は、コノハに対して完全に冷徹ではない。「いつもは見ないふりをするのに、今日は手を貸した」。これはアンドレイと同じ構造だ。板挟みの中で、感情を殺して職務を遂行している。しかし完全に殺しきれない何かが、ときどき表に出る。


 ティナは日記帳に返事を書いた。



「コノハさん。浄化の回数と体調の変化について、もう少し詳しく教えてください。一回の浄化でどのくらい疲れるか、回復にどのくらいかかるか、食事のあとはどうか。数字で教えてもらえると助かります。

 ――それと、ユーリアさんのこと。あなたの観察は正しいかもしれません。完全に冷たい人は、倒れた相手に手を貸しません」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ