8.恩返しのお食事会
まず、泥だらけの服を井戸水で洗濯する。
それを干すと、クロエは下着のまま室内を掃除する。
ほこりだらけの廃屋を納得行くまで掃除していたら、あっという間に日が暮れてしまった。
外に出て乾いた服を回収すると、すぽんと頭から被って着た。
「さてと……何か食べないとね」
クロエは地面を這いつくばると、食べられそうな草を探した。
孤児は食べられる雑草に詳しい。
よもぎやスベリヒユを摘んでおく。
ローズマリーの低木をぱきぱきと折り、月桂樹の葉をいくつもたくわえておく。
たんぽぽも、特に葉の部分を摘む。
(とりあえず、草を食べるしかないか……)
陽が落ちて来たので空を見上げると、暗い空にあの青い竜が飛んで来るのが見えた。
「……猟師さんだわ!」
竜はふわりと着地すると、主人を降ろした。
金髪の青年はクロエを見るとなぜか困惑の表情になる。
「なんだ……外にいたのか」
クロエは少しむっとする。
「いいじゃないですか、別に」
そう言ってから──クロエの視線は青年の右腕に吸い込まれて行った。
彼は何やら、籠を持っている。
青年はすぐにその視線に気づいた。
「これ、やる」
前に差し出された籠の中を覗くと、そこにはマッチと塊肉が入っていた。クロエが尋ねる。
「マッチと……これ、何のお肉ですか?」
「鹿だよ」
「美味しそう!こんないいもの、貰っていいんですか?」
クロエが目を輝かせてそう問うと、青年は決まり悪そうにこう言った。
「そんなに感謝しなくていい。本当は絡まれると嫌だから、そっと置いて帰りたかったんだが……」
クロエは目をひん剥いた。
「何ですって?それではお礼をするチャンスを逃しちゃうじゃないですか!」
「だから嫌だって……」
「早速助けてくれたお礼をします。晩御飯、ご一緒にいかがですか?」
「……帰るね?」
「帰しませんよ。ほら、遠慮せず!」
クロエは青年の背後に回り込むと、背中を押して廃屋に押し込んだ。
枝や葉を集め、オーブンの中に入れて火をつけた。
火が回るまでに鹿肉を細かく切って、あらびき肉にする。
刻んだ香草を混ぜ込んで、丸く整える。
ハンバーグかと思いきや、枝に差して串焼きにする。
それをオーブンに入れると、今度はその余熱でタンポポを煮出して即席の茶を沸かした。
しばらく待つと、クロエはオーブンから、焼けた鹿肉の串焼きハンバーグを取り出した。
肉汁が鉄板に溢れ出している。
「んー、いい香り」
クロエは肉汁の乗った鉄板の上で雑草を軽く炒めた。
青年は椅子に座り、緊張の面持ちで縮こまっている。
クロエは彼の前に、串焼きと雑草とたんぽぽ茶を差し出した。
「さあ、食べましょう」
皿がないので、鉄板から枝を直接持って齧りつく。
調味料がないので塩気が足りないが、ハーブの香りが鼻を抜けていった。クロエは悶える。
「んー、美味しい」
青年も、こわごわといった風に一口齧る。
そして──
「美味いな」
と、意外な顔で言う。クロエはつい嬉しくなった。
「ねっ、美味しいですよね!」
青年は止まらない様子でがしがしと食べてから、ぽつりと言った。
「よくこんなのすぐに思いつけるな」
「ふふふ。お菓子専門とはいえ、私はプロの料理人ですから」
すると、青年は急に神妙な顔になって尋ねた。
「エルマーさんのことなんだけど……」
それについては、クロエも知りたいと思っていたところだった。
「はい。私の師匠ですね」
「死因は、ご病気か何か?」
「はい。突然死というのか……医師によると働き過ぎだったとか」
青年は沈痛の面持ちでうなだれた。
「そうか……」
「あなたは、エルマーさんとどういったご関係だったんですか?」
青年は逡巡したが、決心がついたらしく顔を上げて言った。
「俺はエルマーさんに、カルルを貸していた。竜をレンタルしていたんだ」
クロエはようやく謎が解けてホッとした。
「そうだったんですね。でも、何のために?」
「山を巡るためだ。あの人はこの山に、お菓子の材料を買いに来ていた」
「!そうだったんですね」
仕入れはエルマーの仕事だった。なので、クロエたち従業員は材料がどこで購入されているかを知らなかったのだ。
「エルマーさんは、仕入れにこだわっていましたからね。きっとこの山に、こだわりの材料があったのでしょう」
「かなり長い付き合いだった。五年ほど……」
「猟師さんは私と同じくらい、エルマーさんとお付き合いがあったのですね」
「なのに突然来なくなって、心配してたんだ。この山の人はみんなエルマーさんを好きだったし、信用していた。だから予約していたものを取りに来ないなんておかしいと……」
クロエはうんうんと頷いた。
「そうですね。誰からも好かれる人だった……」
「なのに、息子がそんな奴だったなんて正直がっかりだよ」
青年の言葉に、クロエは肩を落とした。
「本当に。きっと私の生存を聞いたら、また何をしてくるか……」
青年はじっとクロエの顔を眺めた。
「あのさ……あんまりこんなこと言いたくないんだけど──クロエ。同業者に雇ってもらおうとするのは、もうやめにしたらどうだ?」
クロエはハッと顔を上げた。
「どういうことですか?」
「君が腕のいい料理人だとすると、国内のどこかに雇われればすぐに噂になる。どの町にも、ギルドや組合があるものだろう」
クロエは、リベリュールから貰った名刺を思い出した。
「そうですね。あります」
「料理人は諦めて、別の仕事を模索しろ。今の仕事をするにしても、なるべく顔を知られていない他国に行くべきだ」
そのアドバイスは、一見正論に思えた。
しかし──
「いいえ」
クロエはかぶりを振った。青年はぽかんとしている。
「は?だって、命の危険が──」
「別に構いません」
「!?」
「私は、ライナーには負けたくありません。危険とか、そんなことはどうでもいいです。私はどんな妨害に遭っても、最後まで私のやりたいことを貫きたい」
青年は呆気に取られている。
クロエは続けた。
「それに、エルマーさんがせっかく〝ラベイユ〟を繁盛店にしたのに、息子のあの横暴ぶりでは、みんなの愛したあの店が消えてしまうかもしれない。私はあの店の行く末が気がかりなんです。私の愛した〝ラベイユ〟から目を逸らして暮らすというのは……しばらく出来そうにありません」
青年は少し怪訝な顔をする。
「そんな簡単にあの繁盛店が消えるかな?お菓子の味が美味しければ内情はどうでもいいと思うよ、消費者は」
「でも……」
「それに、エルマーさんは確か離婚しているだろう。その気になれば弟子を養子に取って店を継がせることも出来たはずだ。にも関わらずそれをしなかったということは、ライナーに継がせるように養子を取らなかった……とは考えられないか?エルマーさんは、息子に継がせたかったから継がせたんだ。だから血縁関係のないクロエがそこに出しゃばって行くのは、どうかと思うぜ」
クロエは猟師に正論を浴びせられ、ぐっと言葉に詰まった。




