7.廃小屋と猟銃
「死んだ……?」
猟師の青年の驚きの表情に、ようやく人間らしい感情が見て取れた。
クロエは頷く。
「はい。病気で倒れてしまい、そのままあっけなく……」
「……葬儀は?」
「もう、済ませました。私も従業員だったため、参列しました」
「……そうか」
青年は気落ちを隠すようにスコップを放り投げると、そっとこちらに手を差し出す。
「もういいだろう。俺の手を掴め」
気づけば、周囲の土は柔らかくなっていた。
クロエが手を差し出すと、青年はその手を引っ張った。
ようやくクロエは土の中から出られた。体は土に体温を奪われ、すっかり冷え切っている。
体中泥だらけだ。
青年が尋ねる。
「怪我はないか?」
「ないですっ。ありがとうございます!」
「クロエ。これからどうする?」
クロエは周囲を見回した。
「あの……ここはどのあたりですか?」
「ヴァルテルミの国境付近。俺の山だ」
「私はどうにかして王都へ帰ろうと思うのですが……」
青年は怪訝な顔で尋ねた。
「ところでクロエ。君はなぜ、殺されそうになっていたんだ?あいつらに心当たりは?」
クロエは語った。
「私、実は先日、エルマーさんの店の跡を継いだ息子のライナーに解雇されたんです。盾突いたという理由で」
「それはさっきも聞いたけど──それとこの事件と、何の関係が?」
「解雇後、私は再び再就職をするため他店を訪ね回りました。その最中に誘拐されたので、恐らく私が悪評をばら撒くのを恐れての凶行だったのではないかと思われます」
「だからって、殺そうとまでするか?」
「でも私、埋められる時に聞いてしまったんです。〝ライナー様からの命令〟だって……」
青年の瞳に、少し同情の色が浮かんだ。
「ふーん。おかしな奴に目をつけられちまったもんだな」
「私もてっきりライナーはエルマーさんの息子だからいい人なのかと思っていましたが、違ったみたいです」
「……よくあることだ。歴代の王政がどんなもんだったか、思い出せよ」
「ああ……そうですね」
クロエは、がっくりとうなだれた。
「もう、私、王都では働けないのでしょうか?」
青年は、静かに言った。
「すぐに帰るのは危ない。またあいつらに命を狙われるぞ」
「!確かにその通りですね」
「まずはここを離れた方がいい。この竜で、別の山か村に運んでやってもいいが……」
するとクロエは青年にキラキラと期待の眼差しを向けた。それをすぐに理解した顔になって、青年は言う。
「俺の家はダメだ」
「えー……」
「うら若い女が馬鹿なことを考えるな。だが、ひとまず雨風を防ぐ代案として──この山の別の場所に廃屋がある。そこでいいなら案内するが」
背に腹はかえられなかった。クロエはこくこくと頷いた。
「はい!ではひとまず、そこで寝泊まりします」
「そうだな。ま、とりあえず一か月は様子を見るべきだ。何もなければ下山し、王都以外の場所で暮らせ。もう、王都は危険だ」
それを聞いて、クロエは落ち込んだ。
(……もう二度と、王都の教会や菓子店には帰れないのかしら)
するとカルルがやって来て、クロエを励ますように頬擦りする。
クロエにようやく笑顔が戻った。
「ふふっ、慰めてくれるの?ありがとう、カルル」
青年は少し憐れみの視線を向けながらカルルの背に乗った。
「君も乗れ。例の廃屋に案内する」
青年が、頭上から手を差し出して来る。
クロエは彼の手を取ると、竜の背中に引っ張り上げて乗せて貰った。
そして青年の背後に座る。
「いいか?振り落とされないように、俺に掴まれ」
クロエは自身の服の汚れを気にしながら、青年の胴に腕を回した。
ふわりと竜が翼を振り立てて舞い、木々から木の葉が巻き上がった。
「行くぞ」
青い竜が青い山に紛れ、低空を飛ぶ。
クロエは銀色の髪をなびかせ、振り落とされないよう必死で青年にしがみついた。
(わっ。思ったよりもスピードが速い!)
竜は旋回すると、すぐに少し開けた場所に降り立つ。
ふわりと着陸し、クロエは高鳴る胸を抑えた。
「はー……怖かった!でも楽しい!」
「竜に乗るのは初めてか?」
「当たり前でしょう?竜なんて高額な乗り物は、普通は貴族や王様しか……」
クロエはそう言ってから、「おや」と首を傾げた。
「あなたは山住まいの猟師なのに、どこでこんないい竜を手に入れたの?」
青年は答えず、言葉を濁すようにして
「ほら、クロエ。先に降りろ」
と促した。彼女が結構な高さに戸惑っていると、空気を読んだカルルがそうっと寝そべってくれた。
「あら、ありがとうカルル」
クロエは再び青年の手を借りて、竜の背中から滑り降りた。
そして振り返ると、目の前には、予想よりも大きい廃屋があった。
「……大きいわね」
青年も竜からひょいと降りて来る。
「ここは昔、学校だったらしい。だが過疎化して、誰も寄り付かなくなってしまった」
そう聞くと、クロエは
(学校だとしたら……ずいぶん小さい建物ね)
とも思う。
戸は引き戸になっていた。
開けるとすぐそこはがらんどうになっていて、かろうじて教卓と椅子が残されていた。
黒板は取り外されている。
教室から向こう側には、赴任した教師用と思われる当直室があった。その中には小さな調理用かまど、それから小鍋とナイフが残されている。教科書が、床の隅にまとめて置いてある。
学校を出て裏手に回ると、井戸を発見した。
ロープを引っ張ると、澄んだ水の入った桶が引っかかりなく持ち上がった。
「水とかまどがある……よしっ」
薪用の斧もある。
最悪、雑草でも煮て食べればどうにか生きて行けそうだ。
青年はしばらく竜にもたれて、少女を待っていた。
彼が暇そうに猟銃をもてあそんでいると、クロエが戻って来る。
「待っててくれたの?ありがとうございました、もうお仕事に戻って大丈夫ですよ」
クロエがそう言って笑顔をのぞかせると、青年は猟銃をひょいとこちらに差し出した。
「?」
「猟銃を貸しておく。また何があるか分からないからな」
クロエは両手を横に振った。
「いいの?だってこれ、あなたのお仕事の道具なんでしょう?」
青年も、首を横に振った。
「いいから護身用に持っておいてくれ。俺が、後悔したくないだけなんだ」
クロエは少し頬を赤くすると、彼の厚意を受け取った。
「あ、ありがとう……」
「……うちにまだ猟銃はいくつかある。変なところで遠慮するな」
「そうなのね。なら……」
「中に一発だけ弾を装填してある。何かあったらなるべく撃たずに、まずは脅しとして使えよ。使い方は分かるか?」
「はい!実は私、戦時中は孤児院で銃の組み立てをしていましたので」
クロエは銃を縦に担いでみせた。青年は、力が抜けたようにちょっとだけ笑う。
「……なら安心だ。がんばれよ」
そう言い残すと、彼は竜に乗ってまたどこかへ飛んで行ってしまった。
クロエは青空に溶けていく金髪の青年を見送ってから、ふうと息を吐く。
「さーて……何から始めようかな」




