6.生き埋め銃殺
クロエは暗闇の中、目を覚ました。
口の中に何かが詰められ、腕は後ろ手に縛られている。
薄目を開けてみる。周辺は森のようだ。
激しい頭痛がする。とても気持ちが悪い。
そしてなぜか自分の顔に、土のようなものがバサバサとかけられている。
(……へっ?)
しかし、動くことは叶わなかった。
既に首から下が土に埋まっていたからだ。
周囲に人の気配がある。
(……今、下手に動いたらまずいかも?)
そう咄嗟に判断して、クロエは眠ったふりを継続した。
周囲で声がする。
「ライナー様からの命令だ。頭まで土をかけろ」
クロエはどきりとした。
(……ライナーですって?)
きっとクロエが求職活動をし始めたので、それに伴い自身の悪評が知れ渡るのを恐れての犯行だろう。
(あいつ、頭がおかしいわ。私が邪魔だからって、こんなことまでするの……?)
土が鼻まで入り込んで来る。クロエはむせるのをこらえた。
頭上から声がする。
「最後に、銃で頭を撃ち抜け」
クロエは凍り付いた。
やばい。
クロエは動こうとしたが、もう首から下は動かない。
(うっ、動けない……!でも、声を上げたらそれこそ撃たれて死んでしまう!)
詰んだ。
背後で、ガチャガチャと金属音がする。
そして──
「ガンッ!!」
激しい銃声──
カラスが飛び立って行く。
動物たちの走り去る音が聞こえる。
しばらくすると──
「お前たち、何者だ?ここは俺の山だぞ」
聞き慣れない声がした。
クロエはこわごわ顔を上げる。
(……ハッ。私……生きてる?)
そして彼女の目の前には、竜の顔があった。
(!?竜……!)
青い竜がきらきらした目で、こちらをじっと覗き込んでいたのだ。
クロエがぽかんと口を開けて上を向くと、竜の後ろから声の主が姿を現した。
見知らぬ男だ。
金色の髪に、エメラルドの瞳の青年。
服こそおんぼろだが、山奥には似つかわしくないどこか浮世離れした美しさを持っている。
彼は猟銃をこちらに向け、構えながら近づいて来た。
猟師だろうか。
彼は猿轡をされているクロエと目が合うと、男たちを睨んだ。
「女をよってたかって……犯罪者め!」
クロエは頭を動かして、背後にいるごろつきたちの顔を見た。
彼らの顔には見覚えがあった。教会の丘周辺で彼女を誘拐した男たちだ。
猟師の青年はクロエと男たちとを見比べると、銃を構えた。
「今すぐ出て行け。さもなくば殺す」
ごろつきのひとりが一度だけ銃を青年に向ける。だが、彼らは周囲を窺うと、何かを察したようにそそくさと走り去って行った。
「ふん」
不満気に鼻を鳴らして、青年は猟銃を降ろす。
「ここまで木が多いと迂闊に撃てない。お互い、弾には限りがあるからな……」
クロエは咳込みながら、彼に目だけで助けを求めた。
二人、目が合う。
「よし……追い払っておいたぞ。あとは頑張れ」
「んー!!」
猿轡をされているクロエは、遺憾の意を示した。
男はため息をつく。
「……仕方ない」
男はしゃがみ込むと、クロエの猿轡を外してやった。
「ぷはっ。ありがとう、助かりました!」
「へーい。助けましたよ」
「あのー……」
「……」
「私を掘り出してもらっても?」
「……」
「初めまして。私、クロエと申します!」
「……」
青年は黙ってクロエを見下ろす。
しびれを切らしたように竜が二人の周囲を徘徊すると、彼を責めるように「ギャ」とひと鳴きする。
青年は、観念したように目を閉じた。
「はいはい。分かったよ、カルル」
男はごろつきどもが投げ捨てたスコップを手に取ると、渋々といった調子でクロエの周囲を掘り始めた。
「クロエとやら。お前、何者なんだ?なんで獣用の落とし穴に埋められてるんだよ」
「私は王都でパティシエーヌをしておりました。しかし急に解雇されたため街じゅうの菓子店に求職活動をしていたら、なぜか攫われてしまい、ここに生き埋めに……」
「ふーん」
彼は、何の興味もなさそうにそう言った。
しばらくすると、日が昇って来る。
朝日に照らされ、クロエはこの山の全貌を見た。
青い空に、山々が遠くまで連なっている。王都周辺でないことは明らかだった。
「あのう」
上半身が掘り出されたあたりで、土から腕を抜き出しながらクロエは問うた。
「あなたのお名前は?」
男は掘りながら、少し逡巡した。
「教えない」
クロエは、予想だにしなかった言葉に戸惑いを隠せない。
「あ、そうですか……すみません」
「礼には及ばない」
黙々と救出作業をしてくれるこの青年に、クロエは何とかお礼がしたいと思った。
「掘り出してくれたらお礼をしますよ。私、美味しいクッキーを持ってるんです」
「……いらない」
「私のお手製なんですよ」
「……」
「ほ、本当ですっ。私はつい最近まで、王都の有名店〝ラベイユ〟で働いていたんですから」
すると、青年の手が止まった。
「……ラベイユ?」
「あっ。ご存知ですか!?」
彼はまた逡巡した。
しばし、掘り進めて。
「エルマーさんは、どうしてる?」
クロエはそれを聞くや、腰から前のめりになった。
「!?あなた、エルマーさんを知ってるんですか?」
「……」
青年はまた、黙って静かに土を掘り返し始めた。
(この人、エルマーさんの知り合いなんだわ)
クロエは青年の内面に触れられる可能性に賭けて、答えた。
「エルマーさんは、先日亡くなりました。現在、〝ラベイユ〟は、息子のライナーが経営しています」
青年の、土を掘り進める手がぴたりと止まった。




