70.再会
クロエは城の厨房に戻ると、新たにケーキを焼く。
久しぶりに心が踊っている。
(自分のためにお菓子を焼くのは、いつぶりだろう)
冷ましたスポンジ生地に、白いバタークリームを塗って行く。
余ったバタークリームに色を付け、絞り袋に入れて文字を書いて行く。
マジパンで青いドラゴンを作る。
額に汗をかきながら、じっくりと丁寧に。
それを彩りよく乗せていると──厨房を覗き込む人影が寄って来た。
「おい。俺に何か言うことがあるんじゃねえのか?」
振り返ると、そこにはライナーがいた。クロエは微笑みかける。
「えーと、……何?」
「はあ?マジで言ってんの?モイズにアルベール幽閉先提案の手紙を出したのはこの俺なんだぞ!」
クロエはぽかんと口を開けた。
「そうなの?知らなかったぁ」
「速達にしてくれって、兵士に金握らせて手紙を預けたのに!陛下から何も聞いてないのかよ!」
「聞いてないわ。モイズさんもきっと、陛下にあなたの話はしていないんだと思う」
ライナーは口を尖らせた。
「どいつもこいつも……!」
「ありがとう、ライナー」
クロエは微笑んでいる。ライナーは更に口を尖らせた。
「ふん。ようやくクロエは俺の偉大さに気づいたようだな」
クロエは静かに首を横に振った。
「違うわ。あなたが私のために動いたから、私のあなたを見る目が変わっただけよ」
ライナーは困惑の表情になる。
「は?お前のためじゃないぞ。俺は今回、俺の目標を果たすために協力してやっただけだ」
「それが結果的に私やアルベールを救ったのよ。つまりあなたが人を動かしたいなら、私にしたようにすればいいの。誰かのために、自分の特技を使う。分かった?」
「ふん。いちいち偉そうに……!」
ライナーはむしゃくしゃしたようだが、彼なりに何か気付き始めたようだ。
「俺の特技は、お菓子作りだろ?」
「ふふっ、違うわ。あなたの特技は、手段を選ばないで直線的に目標を達成すること。いつもその特技を自分にばかり使っていたけど、今回は他人のために使った。そうしたら、今回ようやく物事が回り始めた。ただそれだけのことなのよ」
クロエの手元で、ドラゴンのケーキが完成した。
「さてと、私は今から王宮の敷地の外にある竜騎士詰所に行くわ。ライナーはどうする?」
ライナーは言った。
「行くぞ。それからアルベールに全部ぶちまけてやる。俺に心から恩を感じられるようにな」
「……ありがたがられるといいわね?」
「何でそんな馬鹿にするように笑ってるんだよ」
「馬鹿になんかしてないわ。あの極悪非道なライナーが、今やみんなから純粋なお礼を言われたがっている寂しん坊になってるのが面白いってだけ──」
「やっぱ馬鹿にしてんじゃねーか!」
クロエは箱に丁寧にケーキをしまった。
「さあ、行きましょう。王子様にめいいっぱい褒めて貰うのよ、ライナー」
二人は厨房を連れ立って出て行く。
王宮を出て、二人は王宮北側にある竜騎士兵の詰め所へ向かう。
巨大な厩には、たくさんの竜が鎖に繋がれている。それを心底珍しそうに眺めながら、ライナーは言う。
「アルベールの持っていた竜は、どの竜だっけ?」
クロエはその声に気づかずに、ずっと遠くを見つめて歩いていた。
厩の向こう側。
その光に向かってクロエは走り出す。
そこでは鎖に繋がれていないカルルが、ぴょんぴょんと地を跳ね回っている。
その上に乗っているのは──アルベールだ。
金色の髪にエメラルドグリーンの瞳。王族用の華美な服を纏っている。その姿は本当に、まるで絵本から抜け出して来た王子様のようだった。
そして、どことなくアデリナにも似ているような気がした。
竜騎士たちがその様子を遠巻きに見ている。オディロンから何か言伝があったのか、もう彼を拘束したりはしていない。
クロエはケーキの箱を掲げると、声を上げた。
「アルベール王太子殿下!」
カルルの足が、ぴたりと止まる。
そしてカルルは勢いよくアルベールを振り落とした。
「いてっ」
アルベールが背中をさすりながら起き上がる。クロエは近づきながら、くすくすと笑った。
ライナーは、ぼんやりとその光景を見つめる。
クロエがアルベールに箱からケーキを取り出して見せる。
青いドラゴンのケーキの上に、〝おめでとう!〟の文字が踊っている。
アルベールは微笑むと、全く他人の目を気にすることなくクロエを両腕で抱き上げた。
クロエはケーキのバランスが崩れないように苦心する。
その様子を見て、周囲の竜騎士たちがどっと笑った。
アルベールの顔が、クロエの額に引き寄せられた。更に場が沸く。
王子のキスをまともに頬に受け、クロエは真っ赤になっている。
ようやく彼の腕から下ろされると、クロエは竜騎士兵からナイフを借りてケーキを切り分けた。
その場で簡単なお祝いが始まる。
アルベールが竜のマジパンをつまんで、美味しそうに食べている。
クロエは幸せそうに、そんな彼を見上げていた。
ライナーはそれを見届けると、踵を返す。
「はー。ダメだダメだ、見てらんねぇ。邪魔者はとっととずらかるか……」




