69.血の盾
数日後。
衛兵に監視されながらもせっせと蜂蜜ケーキを作っていたクロエは、オディロンに呼び出された。
窯にケーキを突っ込んでから謁見の間に向かう。
中に入ると、オディロンの隣でアデリナが微笑みかけて来た。
オディロンは忌々し気に言う。
「タルナート王家と話し合った結果、アルベールの持っていた家系図は、正しいことが証明された……」
クロエはほっと息を吐く。
「それでは、アルベール様は……」
「死刑は無しだ。タルナート王家との協議の結果、半永久的に幽閉の身となった」
クロエは悲しくなったが、ひとまず首を垂れた。
「……よかったです」
「それで……実はお前をここに呼んだのは、その報告をするためだけではない」
「?」
「モイズ・ド・ギヴァルシュ伯爵を知っているか?」
クロエは内心驚きつつも顔を上げた。
「はい。山奥カフェにもいらっしゃっていたので、存じ上げております」
「ふむ。やはり旧領地を買ったクロエとは、知った仲か」
「はい。えーっと、あのお方が、どうかしましたか……?」
アデリナが更に笑顔になり、オディロンはそれに気づかない様子で言った。
「どこから聞きつけて来たのか知らんが、モイズから今朝速達があってな。もしアルベール王子を幽閉するなら、ギヴァルシュ伯爵の城を提供すると言って来たんだ」
クロエは目を丸くした。
「そうでしたか……!」
「私としても、モイズが王子を監視してくれるのならありがたい。しかし……少し気になることがあってな」
「はあ……」
「王子がギヴァルシュ領内から逮捕されたのに、再びギヴァルシュ領に戻せと言うのは、どういう神経で言えるのか?と私は思うわけだ。モイズは私の配下ではあるが、疑おうと思えばいくらでも疑える。証拠は掴めていないが、もしモイズが王子を匿っていたのだとしたら、スパイ容疑も視野に入って来る。まあ、反体制派でないか気になるなら、監視の衛兵を送り込めばいいだけの話ではあるんだが……」
「……!」
「気にし出せば止まらない。そこで、クロエの力を借りたいと思ってね」
クロエはきょとんとした。
「私の力……?」
「君は定期的に王宮へ菓子を納品しに来い。その際、あの山の出来事を逐一報告するんだ。兵士の報告と一致すれば、安泰。もし違っていたら、そのつど調査に入る」
「つまり陛下は、私にスパイになれと?」
「そういうことだ」
クロエは考え込んだ。
どうやらクロエは信用されているらしい。王族だの貴族だのの外にいる商人だからなのかもしれない。
または、安易に殺してもどうにでもなる、何の後ろ盾もないちっぽけな存在だからかもしれない。
アデリナに好かれているからかもしれない。
(……なぜ私がそんな大役を?)
そう考えた時、クロエはふとあることに思い至って顔を上げた。
(陛下が私を指名したのは、私がアルベールの命を助けたいって知っているからだわ……)
クロエならアルベールが危険に頭を突っ込むことを止められる、と王は考えているのかもしれない。
(アデリナ様がオディロンに何か吹き込んだのかしら?)
更にオディロンは言った。
「あと、モイズが売り出し中の他の山も、国有地として買い上げることにした。ここを軍事演習場とし、兵士を送り込んでアルベールの監視も行う。それもモイズと合意済みだ」
山奥カフェ周辺が、少し物々しくなってしまうかもしれない。身構えたクロエに、アデリナは言った。
「これもアルベールやあなたが安全に暮らすためなのよ。山のみなさんにご迷惑をおかけしないことは、私の名にかけて誓うわ」
クロエは、ほっとして頷く。今の彼女には、アデリナが心の砦だった。
オディロンが咳払いする。
「まあ、そういうわけで山の様相はガラリと変わるだろう。だが懲りずに山奥カフェだけは続けてもらいたい。アデリナのためにも」
「はい、これからも頑張ります!」
アデリナは満足そうに笑った。
「きっとこれで、クロエの味覚も戻るわね」
「だといいんですけど……」
オディロンは疲れた顔で言う。
「はー、まさかこんなことが起こるとはな……」
アデリナが端的に言う。
「これに関してはアルベール王太子の作戦勝ちでしたわね。自らの出自を遡った記録を残しておくとは」
「まあ、ネマラートも我がヴァルテルミも弱小国だからな。彼の母上は早くに亡くなったと聞くが、婚姻によって血の盾を作ることは、このように土壇場で自分の命に有利に働くのだ」
クロエは高貴な人物たちの話についていけていない。だが、
(アルベールが助かって、本当によかった……)
ようやく少女の肩から力が抜けていく。
「まあ、そういうわけでだな」
オディロンは言った。
「アルベール王太子は今朝がた、牢から出された。今は竜騎士詰所にてカルルと再会している。あの珍しい竜は彼の持ち物なので、幽閉される際も共に移動することになる」
クロエは期待を込めて顔を上げた。
オディロンはうっすら笑っている。
「アルベール王太子に会いたいか?」
クロエはいちもにもなくコクコクと頷いて、王と王妃に笑われた。
クロエは軽い足取りで謁見の間を出て行く──
「ねえ、オディロン」
オディロンは久々に妻から名を呼ばれ、見えない尻尾を振った。
「恋する気持ちってどんな感じなの?あなたは知ってるんでしょう?」
オディロンは興奮気味にまくし立てた。
「そりゃもう、毎日相手のことを考えているんだよ。相手のどんな表情だって見たいし、ずっと一緒にいたいんだ。だからもし君がいなくなったら、私は……!」
「分かった、分かったわよ。もう」
あの気難しい王妃が、急に屈託のない笑顔を王に振り向ける。
「恋ねぇ。私もしてみたいわ……」
王妃の新たな表情を見て、オディロンは文字通りとろけた。
アデリナは言った。
「さてと。クロエも出て行ってしまったことだし、今日のティータイムは二人で蜂蜜ケーキを食べましょうか。あの子をそろそろ山へ帰してあげないとね」




