68.恩人
クロエの客間に入ると、オディロンは家系図を読み込んだ。
「……めちゃくちゃ遠い親戚だな」
アデリナが反論する。
「どちらにせよ、私の血はアルベール王太子のひいおじいさまと繋がっていることは事実です。私と結婚なさった以上、あなたが主導して私の家系の人間から死刑を出すなど、断じて許されませんわ」
「むう……ちょっと、アデリナ」
「なんでしょう?」
「一旦、この家系図の検証を行う。本当かどうか、分からないからな」
オディロンは家系図を折りたたんだ。アデリナは少し不服そうだ。
「まあっ。私を疑っていらっしゃるの?」
「どうして今になってそんなことを言い出したのか、不思議でね。裏でおかしなやつに操られていないか調べないとな」
王としては、復讐の恐れがあるのでとっととアルベールを処刑したいところなのだろう。だがアデリナとその血縁の手前、その手続きはいったんストップとなった。
オディロンは、立ち上がったついでにクロエをじっと見つめる。
「まあおおかた、アデリナはこのクロエに泣き付かれて調べ上げたのだろうが……」
クロエは冷や汗をかいた。なぜだろう、オディロンはクロエに嫉妬しているように見える。
「クロエのことも調べさせてもらう。しばらく監視をつけるぞ。ここで待て」
やはり疑われている。クロエは震えたが、王と衛兵が部屋を去って行くのを待った。
扉が閉められると、クロエはがくりとその場に崩れ落ちる。
その瞬間。
いきなりアデリナがクロエのポケットに手を突っ込んで来た。
「!」
「しっ。静かに、クロエ」
アデリナはそうっとクロエのポケットから毒薬庫の鍵を取り出した。
「……やっぱりあなたが持っていたのね」
クロエが青くなっていると、王妃は小声で続ける。
「〝私がクロエを思って持ち出した〟ことにしておくから、心配はいらないわ」
アデリナが懐に鍵をしまう。クロエは肩を落とした。
「アデリナ様、なぜ私なんかを庇って下さるのですか……?」
「なぜって……あなたを大切に思っているからよ」
クロエは目をこすった。
「でも私たち、まだ出会って数日ですよ?」
「そうかしらね?実は、私がこの国に嫁いでもいいと思ったのは……あなたがいた時代のラベイユのお菓子を食べたからなのよ」
クロエは目を丸くした。
「本当ですか!?」
「前に話したことは、単なるあなたへのおべっかじゃないわ。私、こんな田舎国に嫁ぐのは嫌だったけど、ラベイユの蜂蜜ケーキを食べて、ようやく自らの運命を受け入れることが出来たの。この国にこんなに美味しいお菓子があるなら、この国でずっとやって行ける。そんな気がしたのよ。だから──私たち、結構長い付き合いになるんじゃないかしら」
蜂蜜ケーキが、王妃にとってそんなに大切なものだったとは知らなかった。
緊張が解けてクロエが大泣きすると、アデリナが肩をさすってくれる。
再び扉が開き、衛兵が二人入って来た。
「先程、陛下からクロエ監視の命を賜りました。アデリナ様、一時退出をお願いいたします」
「分かったわ。……また明日、お菓子の時間にね、クロエ」
アデリナはクロエをひしと抱き締めると、後ろ髪を引かれながら部屋を出て行った。
これでクロエはもう自由に城内を歩き回れないことになる。
しかし、ひとつ大きな山は越えた。
(アルベール……)
クロエはどさりとベッドに倒れ込んだ。
(ひとまず助かって良かった。でも……今度は幽閉……か)
命は助かったが、その後は幽閉という罰が待っている。
(どこに閉じ込められるんだろう?もう、アルベールとは会えないのかな)
そう考えると、クロエはいてもたってもいられなくなる。
(死ぬまで一人じゃアルベールがかわいそうだわ……)
クロエが今後どうすればいいか考え始めていると、
「クロエ、いるか?」
ライナーの声がした。扉を開けると、衛兵に脇を固められているライナーがいる。
「ライナー、なぜここに……?」
「おいおい、そりゃないぜ。ところで、アデリナ様にはもう家系図を見せたんだろ?」
「……」
「これでアルベールは助かった。お前もラベイユに戻って来いよ!」
クロエはライナーをじっと見つめた。
「……何だよ」
「アルベールは一生、幽閉生活ですって」
「……へー」
「私、アルベールが自由の身にならないと、ラベイユには戻らないわ」
「ええっ!?おいおい、約束が違うだろ……」
「〝生きて安全な場所に移す〟までが約束でしょ。ここに監禁のままじゃ、ちっとも約束通りじゃないわ」
「屁理屈じゃね?そんなの」
「じゃあいい、戻らないから。私だけで何とかするわね」
「待て待て待て!」
衛兵たちが怪訝な顔で二人を見比べている。
ライナーは鬼気迫る表情で言った。
「やってやろうじゃないの……!」
衛兵が告げる。
「お前が言っていた〝話したい事〟はそれだけだな?行くぞ!」
ライナーは衛兵に脇を抱えられ、クロエと同じ階の客間に押し込まれて行った。




