65.処刑日
クロエは吐きそうになったが、ぐっとこらえる。
「な、何でもありません」
「でも顔色が……」
すると、急にオディロンがこんなことを言った。
「アルベール王太子は潜伏中、山奥カフェに通っていたそうだな。クロエは王太子の顔を知っているらしい」
「まあっ。だから気分が悪くなったのね、クロエ……」
クロエは黙って頷いた。喋ろうとすると、涙が出そうになる。
アデリナは深刻そうな顔でクロエを見つめ、それからケーキに視線を移す。
「顔見知りが処刑されるのは、辛いわね」
「……」
「ああもうっ。だからオディロンって嫌いよ。王だからってところ構わず何を言ってもいいわけじゃない。そんな話、お茶会でするもんじゃないわ!」
するとオディロンは驚きうろたえた。
「あっ、そうか、ごめん。いつもの晩餐室の会話の調子で、つい……」
「ごめんねクロエ。この王様は、とっても無神経なところがあるの。あとでうーん叱っておくから、許してね」
クロエにとっては、許す許さないの問題ではない。
好きな人が、死んでしまう。
(ど、どうしよう……!)
処刑執行も時間の問題だ。
アデリナは見兼ねてクロエに言った。
「大丈夫?もう、お部屋に戻った方がいいわ。吐き気がひどくなるようだったらお医者様を呼ぶから、いつでもおっしゃってね」
使用人がやってくる。クロエは使用人の肩を借りて、晩餐室を出て行った。
アデリナはクロエを送り出してから着席し、ふと昨日の会話を思い出す。
「……カフェのお客様……?」
オディロンが尋ねた。
「どうかしたか、アデリナ」
「いいえ……」
お茶を濁したアデリナだったが、彼女もまた急に具合が悪くなって来た。
(もしかして、昨日のクロエのコイバナに出て来た〝お客様〟って、まさか──)
クロエは絶望の淵に立たされながら、何とか歩みを進めていた。
(アルベールが……アルベールが……)
すると、昨日と同じようにライナーが待っている。
「どうした?クロエ。顔色が悪いぞ」
「うー……」
喉が震えて声が出ない。ライナーが何かを察して、使用人に告げる。
「彼女と二人きりで話がしたい。入っていいよな?クロエ」
クロエは何とか頷いた。使用人を追い出し、ライナーは扉を閉める。
「おい、何があった」
「ううっ。アルベールが、今夜処刑されちゃうって……」
「えっ!?」
ライナーはショックを受けた。
「アルベールが死んじまったら、ラベイユは終わりじゃないか!」
やはりそっちの心配なのか……と思いつつ、クロエは何度か頷いた。
「こうしちゃいられない。アルベールに会いに行こう。どうにか連れ出すんだよ」
「あっ……」
クロエはそれで思い出した。
「そうだわ。アルベールから、紙を預かったの」
「えっ。何か書いてあったか?」
クロエはポケットをまさぐった。
小さな紙切れには、こう書いてあった。
〝王妃アデリナに、家系図を見せてくれ。アルベールはアデリナの親戚だということが分かってもらえるはずだ〟
ライナーは首を傾げた。
「アルベールがアデリナ様と親戚だからって、処刑が止まるもんなのか?」
「分からない。だけど、彼が家系図を大事に持っていたことを考えると、これが一縷の望みだったことは確かだわ」
「よし、そうと決まればクロエからアデリナ様に……」
そうライナーが言いかけた、その時だった。
「クロエはいるか!?」
衛兵の声だ。二人は顔を見合わせた。
「マズい。何かバレたか?」
「……ここは抵抗しない方がいいわ」
クロエは頭痛をこらえながら扉を開けた。
「はい、ここにおります」
「王妃陛下がこの部屋へ来たいそうだ。部外者を立ち入らせたくないとのご要望だ。ライナーは出るように、ともおっしゃっている」
ライナーは舌打ちしながら出て行く。
入れ替わるようにしてアデリナが入って来た。
「ああ、クロエ……調子はどう?」
クロエは飛び出そうになる心臓を、ぐっと飲み込んだ。
「はい、まだ……」
「ごめんなさい。休みたいわよね。でも、急なことだったから……ちょっと、そこにかけてもらえる?」
アデリナに促され、クロエはソファに座った。
「あの……杞憂ならどんなにいいかと思うんだけど」
そう前置きして、アデリナは尋ねた。
「クロエの恋した人って、まさか……アルベール王太子なの?」
クロエは更に青くなった。
もしここで正直に答えたらアルベールの一味とみなされ、それこそ牢屋に入れられるだろう。
そうなったら、二度とアルベールには会えない。
クロエはそれには答えないことにした。
「アデリナ様、そのお話の前に……見て欲しいものがあります」
「?何かしら」
クロエはソファから立ち上がると、引き出しから一枚の紙を取り出した。
家系図だ。
アデリナはそれを受け取って広げると、困惑の表情になった。




