64.王は恋する乙女
一方その頃。
アルベールはりんごのケーキにかじりついていた。
ふと何かが歯に触れる感覚がして、彼は思わずのけぞる。
中身を掻き分けると、アップルフィリングに紛れて紙のようなものが見え隠れしていた。
また手紙だろうか。ほじくってみる。
(?何だこれは……)
黒く薄汚れた部分があり、そこに「←何て書いてあるのか解読できる?」と書かれていた。
黒い部分をよくよく見てみる。
そこには、古代語でこう書かれていた。
〝毒薬庫の鍵〟
ぞっとしてから、アルベールはじっと考え込んだ。
(毒薬庫の鍵……?もしや、ヴァルテルミの処刑方法は薬殺……?)
クロエは毒薬庫の鍵を盗んで王子の処刑までの時間稼ぎをしようとしたのだろうか。
(鍵がなければ、俺の処刑時期が延びると考えたのか……?でも、この文字は読めなかったのか……となると、よく分からないけど手に入ってしまったということか)
毒薬庫の鍵をクロエが持っていてくれるなら、大変ありがたい。だが──
(頼むから、もう危険な真似はしないでくれ!)
アルベールは動悸がした。こちらの処刑が延びたところで、クロエが捕まってしまったら元も子もない。
(どうにか危険な行動をやめさせられないか?)
そう考えたものの、自分がクロエの立場だったらと考えると、彼女なりに助けようと頑張っているのは痛いほど理解出来る。
(囚われの自分が情けない。今はクロエに頼るしかないのか……)
彼女はあの紙を、読んでくれているだろうか。
クロエは厨房に戻った。
「焼けたわよ、クロエ!」
ちょうどアデリナがミトンをはめ、ほくほく顔でパウンド型を取り出しているところだった。コック長のクルトが、王妃を手取り足取り世話している。
クロエは後ろめたさを隠しながら言う。
「アデリナ様。竹串で真ん中を刺してみてください。生地がついてこなかったら完成です」
「そう。ちょっと竹串をいただける?」
アデリナはクロエから竹串を受け取ると、ケーキの中央に刺した。
「見て!ついてこないわ」
「中まで火が通った証拠です。あとは切り分けるだけですね」
「やったわ!私、人生で初めてケーキを完成させたのよ!」
クロエは、まな板と包丁の前にアデリナを促した。
「切ってみましょう」
「……私の分、厚くしていい?」
「もちろんです」
アデリナは器用に五等分にした。
「ふふふ。こっちは私とクロエの分ね。あとみっつは……どうしようかしら?」
クロエは言った。
「……陛下に差し上げてはどうですか?」
「えー!?私、夫はお茶会に呼びたくないの」
「そ、そうですか」
「あとみっつは、明日にでも食べようかしら……」
切り分けた分をクロエが皿にもりつけていると、思わぬ声が厨房に響き渡った。
「アデリナがケーキを作っているというのは本当か!?」
クロエとアデリナはおっかなびっくり振り返る。
なんと、そこには噂を聞きつけたらしいオディロンが立っていた。
「あら、陛下……」
アデリナはどこか不満そうに夫を迎える。
「そうです。私はクロエに手取り足取り教えてもらいながら、ケーキを作っていたのですよ」
オディロンは何かを期待して、物欲しそうにケーキを眺めている。根負けしたようにアデリナは言った。
「……あなたも、食べますか?」
オディロンは目を輝かせる。
「いいの!?」
「まあ、余ってますし……」
アデリナはせっかくの女子会に夫が乱入してきたのでげんなりしていたが、オディロンの余りの喜びように強く拒否も出来ないようだった。
クロエは初めてオディロンがアデリナに対して尻尾を振るところを目撃した。正直、彼がこんな風に妻を真っ直ぐ愛する男であるとは想像していなかった。
大柄な王なのに、妻に対しては恋する乙女のようなはしゃぎっぷりである。
「やった!妻の手作りお菓子が食べられる……!」
よほど嬉しいのだろう。クロエにとってはアルベールを連れ去った憎き王も、このように王妃を愛する男なのかと思うと、ちょっと感動しかけた。
(そっか。この王は、王妃様に恋をしているのね。政略結婚で何とか自分のものにできた。でも、つれなくされている……)
今日初めて、クロエの目にこの夫妻の関係性が見えて来た。
三人は晩餐室に入る。
メンバーに王を加えてのティー・パーティーとなった。
アデリナは自由に話せなくなって憮然としているが、オディロンの方は妻お手製のケーキが食べられるとあって浮き足立っている。
三人の前に、蜂蜜ケーキがやって来た。
すみれの模様のカップに、少し淡い黄金色の紅茶が注がれる。
早速オディロンは、妻特製のケーキを口に運んだ。
「う、うまい……!」
オディロンはアデリナに顔を向けて言う。
「こんなに美味しいケーキは初めて食べたぞ!」
アデリナはちょっと呆れた様子で言った。
「まあ、クロエの言う通りに作ったので……」
二人は毎度この調子なのだろうか。おかしくなって、クロエはクスクスと笑った。
「クロエ、何が面白いのよ」
「ふふふ。だって……」
特別な血統の王と王妃とはいえ、その辺にいる夫婦たちと何ら変わりはないのだ。
王はアデリナのつれなさにはもはや慣れっこのようで、話を続けた。
「そうだ、アデリナ。今夜の地方領主との晩餐会は中止だ。別の予定が入った」
アデリナは顔を上げる。
「あら、そうですか。で、別の予定とは……?」
「アルベール王太子の処刑だ。なるべく早く処刑しろと王族会議で突き上げられてな」
クロエの目の前は真っ暗になる。
がしゃんと音がして、クロエはフォークを取り落とした。
「あら、クロエ。どうしたの……?」
アデリナが尋ねる。クロエの顔色はどんどん青くなって行く。




