62.助けに来たよ
王太子の服を着せられているアルベールは、慎重にカップケーキの紙をはがしていた。
ここは独房とはいえ、王族用の独房である。一般人用の独房とは違い、高級な調度品が壁を埋め尽くしている。
彼は、あるところではたと気づいて手を止める。
カップケーキの紙に、何か文字が書いてあったのだ。
アルベールは震える指で紙を押し広げた。そこには、小さな文字がある。
〝助けに来たよ〟
アルベールは途端に苦々しい顔になり、「馬鹿っ」とひとりごちた。
(頼むから、無茶しないでくれ……!)
せっかくクロエを安全に切り離せたと思ったのに、まさか自分を追って王宮に来るとは。
アルベールは頭を掻きむしった。
(どうすべきだ?どうにかクロエを安全に山に返さなければ……)
死に赴くはずの彼の頭は、その手段でいっぱいになる。
ケーキのくずが邪魔をして読めなかったが、紙についたケーキを更に取り除くと、まだ文字が続いている。
〝あなたの家にあった間取り図と家系図の使い道を教えて〟
アルベールはハッと息を呑んだ。どうやらあの後、クロエは自分の家に入ったらしい。
(今、持っているのか?それとも、小屋に置いて来たんだろうか……)
クロエには、大人しく山に帰ってもらいたい。だがここにそれを持って来たというのなら、話は別だ。
(今持っているとしたら、いちかばちか、クロエに……)
しかしどうやって、この返事を出せばいいのだろう。
(チャンスがあるとしたら、ここしかない)
アルベールは小さく紙を切り取ると、何事か書きつけた。
(クロエはまたケーキを持って来る。その時に、これを)
アルベールの手は、どっと汗をかき震えている。
次の日。
クロエはそわそわと落ち着かない様子でベッドから起き上がった。
昨日の夜はあまり眠れなかった。アルベールのことが気にかかってしょうがないのだ。
(質問してみたけど、どうやってこの返事を受け取ろうかな。明日もお菓子の差し入れをすべき?でも、やりすぎるとボロが出て勘づかれるかも……)
頭の中で堂々巡りが始まる。
(ええい、やるしかないのよ!また理由をつけて、何か作らなきゃ……)
クロエが動き出したのを合図に、戸が叩かれる。
「失礼いたします」
使用人が入って来て、手短に言う。
「本日のご予定を申し上げます。夕方に王妃様とのお茶会が入っています。それから牢のアルベール様より、ケーキ作りのご依頼が入っております」
クロエはびっくりした。
「え!囚人って依頼できるの!?」
「高貴な身分のご出身であり、城内で完結する依頼であれば、可能です。恐らく陛下が許可を出したものと思われます。何も特別なことではありません。普段から、殿下のご要望があれば陛下はつど差し入れております」
「へー。陛下の許可……」
「以上となります。厨房はいつでも利用可能ですので、御用があればいつでも入っていいとのことです」
「ありがとう。忙しくない時間を見つけて行ってみるわ」
執事は出て行った。
クロエは震えながら、自身の両腕をなでさする。
「びっ……くりしたー。アルベールから、依頼かぁ……」
どのようなケーキを作るべきだろうか。
(それから、ケーキの中に何を入れるべきかしら?)
何か突破口が欲しい。悪知恵を働かせるなら、ライナーに相談するのもひとつの手だろう。
「それにしても……不思議な関係になったわね、私とライナー」
あの日、まさかあの男を顎で使うようになるとは予想がつかなかった。しかも王宮で。
「使用人の準備室にいるかしら?」
クロエは絹のネグリジェからスモックワンピースに着替えると、部屋を出て地下へと下りて行った。
「ライナーなら、地下墓地へ行ったぜ」
使用人にそう言われ、クロエは困惑した。
「えっ、また?」
「あいつ、随分熱心に掃除をやってるよ。信心深いのかな?」
「ふふっ……そうかもしれませんね。私、ちょっと伝えたいことがあるので行ってきます」
「行くならランタンを持って行け。あそこには窓がないからな」
クロエはランタンを渡された。
「ありがとう」
「あんた長いドレスを着ているから、足元に気をつけてな」
クロエはランタンを受け取ると、初めて地下墓地に足を踏み入れた。
地下三階には、既に小さな明かりが見えた。ライナーが地面に座り、何か考え事をしているらしい。
「……ライナー?」
「!!ウワッ。びっくりさせんな」
「何をしているの?」
「使用人が地下墓地の間取り図を持っているというから、掃除のためと嘘をついて、貸して貰ったんだよ。でも、地図を見る限り部屋みたいな場所や扉も見当たらないし、これが何の鍵なのか分からないんだ」
そう言うとライナーは、ひとつの鍵を取り出した。
「この鍵は昨日、偶然この空洞の墓穴で見つけたんだよ」
クロエは鍵をじっと見つめる。何か古代文字が彫ってあるが、何が書いてあるのかはよく分からなかった。
「何て書いてあるのかしら?」
「王族なら習っている字なのかな?または、学者なら分かるかもな……」
二人は再び地図に視線を戻す。
「地図に、扉らしきものは見当たらないわね」
「恐らくアルベールは、地下墓地の間取り図は手に入れられなかった。ということはきっと、ここは城内の人間だけが知り得る秘密の場所なんだよ。そこに落ちている不明の鍵。何か隠された意図がありそうだよな?」
「うーん……」
地下墓地の間取り図を見るに、確かに鍵のかかる部屋はなさそうだった。
「ヴァルテルミという国は、基本的に隠そうとすることをわざわざ図に残さないのよ。ということは、隠すべき扉……例えば倉庫か外への扉か……そういったものを開ける鍵かもしれないわ」
「この間取り図は、入り組んだ墓地で迷わないように使用人が掃除用に作ったもののようだな。だからそういった扉だの部屋だのは描く必要がなかったんだと思う。まあ〝隠された扉〟が本当にあるかもわからないし……あったとして、探すのは至難の業だと思うぜ」
ライナーはそう言うと、ポケットへその鍵をしまった。
「ま、この重要アイテムは俺が預かっておくから安心しろ……」
クロエがすかさず言う。
「それ、私にちょうだい」
急にそう言われたライナーは、ランタンの光に浮かび上がるクロエの顔をきょとんと見つめた。




