61.邂逅
クロエは地下の使用人の部屋へ向かう。
夕方ごろ、使用人たちの空腹はピークを迎える。彼らは王族が食べた残りを食べるため、夕食が睡眠の直前になることもしばしばだった。
クロエがお菓子を振る舞うタイミングとしては、今が絶妙なのだ。
「すみません……」
クロエはだらけている使用人たちの部屋を覗き込んだ。使用人たちは慌てて飛び起きる。
「は、はいっ。どちら様……?」
「初めてお目にかかります、王妃様が招聘中のパティシエールのクロエです。ご挨拶がてらお菓子をお配りしているのですが……」
「えっ!?」
使用人の中の、特にメイドたちが盛り上がった。
「お菓子?いいの!?」
「はい。皆さん、ちょうど今一番お腹が空いている頃だろうと思って……」
「きゃー!ありがとう!!」
女性たちと一部の男性が群がって来て、クロエの籠からフルーツミックスのカップケーキを取り出して行く。焼きたての甘い菓子の香りが、部屋中を覆い尽くした。
「いただきまーす!」
その場で必死にぱくつく様子に、クロエの目尻が思わず下がる。
「わああああっ、美味しい~!」
「ありがとうございます。ところで……」
クロエは本題に入った。
「このケーキを、なるべく多くの方に味わってほしいんです。他にも、使用人や衛兵の詰め所はありますか?」
「そうなの?ちょっと待っててね、間取り図を持って来るから」
クロエはそわそわしながら待った。使用人が間取り図を広げる。
「ここから更に下、地下二階に牢屋があるわ。その奥が衛兵の詰め所なの」
それを聞いて、クロエはほっと胸を撫で下ろした。もし地下墓地から声を出そうものなら、牢屋どころか衛兵の詰め所にまでその声は響き渡っていただろう。
「一階は厨房と大広間と晩餐室。で、二階はあなたのいる客間。三階は王族の部屋よ」
クロエは使用人に尋ねた。
「さっき、ライナーが地下墓地へ行ったと聞いたんですけど……」
「あっ、地下墓地に人はいないよ。昔は墓守がいたらしいんだけどね」」
使用人は、地下墓地の間取り図をクロエに見せた。
クロエはその図を目に焼き付ける。
「分かりました。では、次は地下二階に向かいます」
「兵士さんって意外とお菓子好きだよ。がんばってね」
「はい!」
クロエは肩をいからせながら地下二階へ降りて行く。
すぐそこに、アルベールがいるのだ。
クロエはポケットの中のカップケーキに意識を向けた。
(このケーキを、アルベールに……)
クロエはいよいよ地下二階に入った。
牢の前には衛兵が待機していて、クロエを見つけるなり武器を構えた。
クロエは物怖じせずに言う。
「初めまして、私は王妃様から招聘されたパティシエールのクロエと申します。ご挨拶も兼ねて、カップケーキをお持ちしました。みなさんおひとついかがですか?」
衛兵たちは一瞬迷ったが、
「衛兵の詰め所はこの先だ。私たちは食べられないので奥で待機している者にふるまうがいい」
と、場所を開けてくれた。
「ありがとうございます」
と言ってから、クロエは思い出したように続ける。
「そうだわ。今この牢の中に、王太子アルベールがいるとお聞きしたのですが……」
「ああ、いるよ」
「実はあのお方は囚われる前、山奥カフェの常連さんだったんです。なので、あのお方にもカップケーキを差入れたいのですが……」
いちかばちかの賭けだった。
断られるのを前提で尋ねたのだが、
「ああ。知ってるよ」
と言われ、クロエの方がむしろ反応に困った。
「……え?」
「竜騎士兵がそう話していたんだ。〝王妃陛下が呼んだのは、あの王子が捕まったカフェの店主だ〟と」
その事実は、兵士の間で共有されていたらしい。
ならば、話が早い。
「……渡しても構いませんか?」
「ああ、渡すといい。今、下を開けよう」
呆気なく許可され、心の準備が出来ていなかったクロエの胸はドクドクと脈打つ。
牢の下には食事の取り出し口があって、そこならいつでも開閉出来るらしい。
牢の戸がノックされた。衛兵が言う。
「王太子アルベールに告ぐ!山奥カフェの店主、クロエから差入れだ!」
それから、足元の取り出し口が開けられた。クロエがそこからチョコチップの乗ったカップケーキをそうっと手で差し入れると、向こうからも手が伸びて来た。
扉越しに、くぐもった声がする。
「……ありがとう」
アルベールの声だ。それから、少しだけ互いの手が触れる。
クロエの中に、どっと今までの思い出が溢れた。
少女は、声帯が震えるのを必死に飲み込む。
「王太子……アルベール……様。どうか、お身体に気を付けて」
そう言うのが精一杯だった。
クロエは泣き出しそうになるのをぐっとこらえ、そのまま奥の衛兵の部屋へ向かった。
一方、アルベールは──




