60.カップケーキの紙
ライナーは早速、例の地下墓地の話を始めた。
「ここの間取り図は、アルベールには入手出来なかったようだな。俺はこの墓地は隠されている感じがして、なんか怪しいと思う」
「地上に墓地を作れない人向けの埋葬場所なのね?処刑ってどこで行うのかしら」
「街中でないことは確かだ。きっと王宮の敷地内でやるんだろう」
「地下墓地で行われるのかな……」
「その可能性は大いにある」
クロエは真新しい紙を取り出すと、持ち込んだ平面図と重ね合わせ、その上に置いた。
そして、ライナーの話を元に地下牢の地図を書き始める。
「天使の天井画があって、ここに空気口?」
「そうだ。この空気口からアルベールの声がした」
「じゃあ、ここからアルベールと話せないかしら」
「下手にこちらの声が別の方向へ筒抜けになれば、こっちも終わるぞ」
「うーん。事を急いでは駄目か……もっと調査が必要ね。ところでライナーは結局、掃除夫になったの?」
クロエが尋ねると、ライナーは首を横に振った。
「何でもやらせてくださいって言っちゃったから、こうなっているだけだ」
「いいじゃない。掃除夫なら、どこにでも入り込めるわ」
「……牢にでも?」
それを聞くと、クロエはぽんと膝を打った。
「それ、いいわね!」
「冗談だよ。牢の掃除はさすがに無理だろ……」
「積極的に掃除しに行ったら?」
「おいおい、簡単に言ってくれるよな……」
「失敗したら、ラベイユには帰らないわよ」
「ぐっ……クロエの方こそもっと動けよ。今日の成果は?」
クロエは胸を張った。
「王妃様と話をしたわ。あのお方は、外の世界に憧れている。それから、陛下とは政略結婚であまり上手く行っていないみたい」
「へー、結構ざっくばらんな話をするんだな。俺は王妃様にはキレられただけだっつーのに」
「女性同士ということもあってか、他人との会話に飢えている感触があったわ。もっと仲良くなれればいいんだけど」
「陳情すれば、王子を牢から出してもらえないかな?」
「うーん……一般市民にすがられても、国家間のことだからきっと無理……」
するとライナーは苛立って言う。
「またそれかよ、救えねえな!追いすがって泣き落としでもしてみろよ」
「私たちの狙いがバレたら追い出されるかもしれないじゃない。ここは慎重に行かなければだめよ」
「はあ、こうして話し合ってても埒が明かねえ。おい、クロエももっと動けよ。駄目なら駄目で、あとから嘘でも何でも言って誤魔化せばいいんだからな?」
「私、あなたと違って嘘は苦手なの」
「いい子ちゃんぶりやがって。あの山奥で菓子を作っていなければ、本当に嫌いなタイプの女だ」
「ふん。嫌いで結構よ」
ライナーは、苛立ちを抑えるように立ち上がった。
「ま、そういうわけだ。一応報告できることはした。王妃様からでも、使用人からでも、情報を引っ張り出すんだ。分かったな?」
クロエは頷いた。
ライナーは部屋を出て行く。
クロエはじっと考え込んでから、すぐに立ち上がった。
「ライナーの言うことにも一理あるわ。機会をうかがっているだけではダメ……自分から、動かないと」
クロエはそう呟くと、再び厨房の方へ歩いて行った。
王宮の晩餐は、かなり遅い。
夕方だと、ティータイムを終えてまだまだのんびりしたものだ。
厨房では、コック長のクルトが夕刊を眺めていた。
クロエの気配に気づいて、クルトが顔を上げる。
「お、あんたは……」
「クルトさん!今、厨房は空いてますか?」
「ああ、晩餐を作り始めるのは二時間後だからな」
「もしよろしければ、皆さんにお菓子を作りたいんですが」
「えっ!いいの?」
クロエはにっこり笑って頷いた。
「ふふ。宣伝とご挨拶を兼ねて、皆様にお菓子でも振舞おうかと」
「ああ、そういうこと?ちゃっかりしてんな~」
クルトは嬉しそうにいそいそと夕刊を畳んだ。
「そういうことならどうぞどうぞ。あ、そこの食糧庫の材料ならなんでも使っていいよ」
「ありがとうございます!」
クロエは食糧庫を覗き込んだ。
大量の、小さな紙カップを見つける。クロエはその中の一枚をつまみ上げた。
(しっかりした紙だわ。これなら……)
クロエはポケットからペンを取り出すと、紙カップに何事か書きつける。
それから涼しい顔をして厨房へと材料を運んだ。
クロエは食糧庫の材料でケーキを作り始めた。王宮の食糧庫には、お菓子の材料が潤沢にある。
ドライフルーツのミックスを見つける。これを、ケーキ生地に混ぜ込んで焼くことにする。
チョコレートチップも発見する。
(チョコチップケーキは……ひとつだけ作って……)
王宮の巨大なオーブンならば、ケーキがいくらでも焼けそうだ。
クロエはケーキ生地をカップに注ぎ込み、天板いっぱいにそれらを並べた。
クルトに手伝ってもらって、窯の上から下までびっしりカップケーキにする。
最後に、手前にチョコチップケーキをひとつだけ入れた。
そのまま一気に焼き上げると、甘い香りが厨房に満ちて行く。
「すげえ!こんなにいっぺんにケーキを焼いたのは陛下の結婚式以来だよ」
しばらく焼くと、天板を取り出す。カップからはみださんばかりのカップケーキが出来上がった。
冷ましながらクロエは言う。
「これ、今から城内のみなさんに配りたいんです。籠をお借りしてもいいですか?」
「どうぞどうぞ。ああ、三階は王族の部屋だから入ってはいけないよ」
「分かりました。ありがとうございます」
クロエは大量のカップケーキを籠に詰め込んだ。
それからポケットにひとつチョコチップケーキを忍ばせ、クロエは厨房を出て行った。




