59.恋してはいけない人
王妃アデリナはすぐに話に食いついた。
「お客さんに恋しちゃうなんて、素敵!どこの男性なの?」
「近くの山に住む人でした」
「それで、彼とはどうなったの?」
クロエはところどころ詰まりながらも話し出した。
「互いに、互いを好きであることは確認しました」
「キャー♡」
「でも……もう、彼は来られません」
「あら!どうして?」
「……捕まっちゃったみたいです」
「警察に?」
「まあ……そのような感じです」
「あらー、悪い男を好きになっちゃったのね」
「……」
「でもその気持ち、分かるわ!好きになっちゃいけない人ほど、好きになっちゃうの……」
アデリナはクロエの背景をまるで知らないので、そう言って乙女チックに天をあおいだ。
それから、はたと気付く。
「あら?ということは、まさか失恋で味覚障害になってしまったの?」
そういうことになろう。クロエは頷いた。
「まあ、そういうことです……」
「あら。最悪なタイミングで呼びつけてしまったわね」
「いいえ、むしろ呼んでいただけてよかったです。何もしないでいる方が辛いので」
「うーん。もし軽微な犯罪なら、王や王妃の権限で釈放できるけど……」
その力を借りたいのはやまやまだが、ちっとも軽微な犯罪ではない。むしろ、アルベールは罪がない状況で勾留されている厄介な囚われ人なのだ。
「すみませんが、王命でも釈放出来ない程度の罪状かと思われます」
「えっ、そうなの!?じゃあむしろそんな人と付き合ったら苦労するから、やめておいた方がいいわね」
「……」
「ごめんなさい。コイバナを聞き出すつもりが、手痛い失恋話で傷を掘り下げてしまったわね」
「……」
「違う話をしましょう。クロエは、山ではどんな暮らしをしているの?」
この王妃は話に飢えているらしい。クロエは答えた。
「没落貴族のモイズさんが売ってくれた山で生活しています。このケーキの蜂蜜は養蜂家のアンナさん、卵はクリストフさんが作っています。みなさん気難しいところがありますが、無類のお菓子好きです。だから私の腕を見込んで協力してくれたんです」
「山の素材で作られたケーキだから、美味しいのね」
「はい。それに、山で食べるから美味しいんです。山の空気は、お菓子やコーヒーにとても合います」
「いいわね……行ってみたいわ。私、城は飽きちゃった」
「それこそ、陛下にどこかへ連れて行ってもらえばいいのではないですか?」
すると、王妃はむすっとした。
「夫とは行きたくないの。一人で行きたいわ」
「そうですか。でしたら単独で来られても楽しそうですね」
「お金なら払うから、事前予約すれば貸し切りできる?」
「もちろんです、王妃様」
どうやら、夫とはうまく行っていないみたいだ。アデリナがお菓子に執着し、オディロンが国中におかしな伝令を出した事情の裏が見えて来た。
一方、王妃は山奥のカフェに思いを馳せる。
「新しい予定が出来たわ!そうよ、城でごちゃごちゃしていないで、とっとと外出許可を取ればよかったのよ」
「私はいつでも歓迎します、王妃陛下」
使用人が入って来て、王妃に時間を告げる。
アデリナは残念そうに肩を落としたが、公務が詰まっているので致し方ない。
「クロエ、また明日会える?」
「はい、王妃陛下」
「その呼び名は堅苦しいから、名前でよんでちょうだい」
「はい、アデリナ様」
「ところで、私もあなたと一緒にケーキを作ってみたいの。味見係を兼ねて。どうかしら?」
「はい。材料も持ってきておりますので、一緒に作れますよ」
「わあっ。楽しみだわ……明日は二人で作った出来たてを食べられるのね!」
王妃は、子どもがわくわくを抑えきれないようにすっくと立ち上がった。
「悪いわね、今日はここまでよ。今夜は客室でゆっくりしていらして」
「ありがとうございます」
「何か欲しいものや必要なものがあったらおっしゃって。この城にいる限り、物欲には応えてあげられるわよ」
そう言われても、クロエには別に王宮で欲しいものなどない。
まだ出会って数時間。あまり欲深いところを見せると警戒されるのは分かり切っているので、ここはまず慎重に王妃との仲を深めていくべきだろう。
(そして……どうにかアルベールを助けてくれと、陳情を……)
しかし今はまだ、その時ではない。すぐに怪しまれてしまうだろう。
情報がもっと欲しい。ライナーの動向も気になるところだ。
クロエは使用人に連れられ、晩餐室を出た。
客室に戻る道すがら、ライナーが掃除夫と壁に背を持たれてクロエを待っていた。
クロエは立ち止まって使用人に言う。
「ちょっとライナーと話がしたいわ。彼に入って貰って」
ライナーは落ち着かない様子で、クロエに続いて部屋に入って行った。




