58.恋する蜂蜜ケーキ
一方その頃、クロエはアデリナとのお茶会を終えていた。
「ああ、美味しかった……素晴らしいケーキだったわね」
「お褒めにあずかり光栄です」
「ねえ、クロエ。こんなに素晴らしい腕を持っているんだから、あなたは山奥に引きこもっている場合じゃないわ。王宮直属になりなさいよ。そうしたら、この国で一番稼げるパティシエールになれるわよ?」
アデリナはそう言うと、小首をかしげからかうように笑って見せる。クロエは愛想笑いした。
「確かにそうかもしれませんが……私は、お金が欲しくてお菓子を作っているわけではないのです」
「あら、そうなの?なら、どうしてお菓子を作っているのかしら」
「そ、それは……」
クロエは王妃の瞳を盗み見ると、その心の内を探ろうとする。
「みんなの笑顔が見たいから、です……」
するとアデリナは大笑いをした。
クロエはきょとんとする。
「えっ?私、何かおかしなことを言いましたか?」
「あはははは!だって、誰かの笑顔で幸せになんてなれないじゃない?」
平然とそう言ってのける王妃に、クロエはぞっとした。
「そ、そうでしょうか……」
「お金はいらない、笑顔が欲しいなんてどうかしてるわ」
「でも……お言葉ですが、王妃様」
クロエは勇気を出した。
「山奥カフェのケーキは最初、こんなに素晴らしい味ではなかったんです」
アデリナは、そう聞くと驚いた表情を見せた。
「えっ……?それは、どういうことなの?」
「はい。実はこのケーキに使われている材料は、私がお菓子をあげた人たちが、交換でおすそわけしてくれた材料で出来ているんです。これは私が彼らの笑顔が見たくてお菓子をおすそ分けしたから、得られた材料なのです。もし私がお菓子で絶対に儲けたい人間だったら、おすそ分けなどしなかったはずです。つまり、見返りを求めずにお菓子をあげたことがきっかけで、私はこのように王妃様に見つけていただけたのです」
アデリナは一瞬息を呑んだが、再びふうと吐いた。
「なるほど。見返りを求めなかったから、製菓材料の生産者たちから信頼を得たわけね」
「まとめるとそういうことになりますが……まあ、ここに至るまで紆余曲折ありました」
「確かに女の腕一本でのしあがろうと思ったら、どのように信頼を得るかというのは大事ね。カネカネばかり言う人物を信頼するのは難しいもの」
だからライナーはああなった、と言いかけてクロエは言葉を飲み込む。
アデリナはクロエの人生に興味津々だ。
「面白いわね。その紆余曲折とやらをもっと聞かせて?」
「はあ……まずは、産まれ立ての私が孤児院に拾われたところから……ですか?」
「そこまで遡るの?」
アデリナがそう呟いた時、遠くから鐘の音が流れて来た。
「あれは……聖母教会の音色ですね」
クロエがそう言うと、アデリナは目を丸くする。
「あら、鐘の音で教会が分かるの?」
「はい!私がいた孤児院は、聖母教会の敷地内にあるんです。今の音は、結婚式が行われている時の鐘ですね」
「鐘の音で、そんなお知らせも出来るのね?」
「私もよくウェディングケーキを運んだもので」
「……」
アデリナは、急にしんみりと窓の外を眺めた。
「そうだった。今思い出したわ。あなたのケーキ、私たちの結婚式で配ったプチケーキの味にそっくりなの」
「あ、材料は一緒ですよ。山奥カフェだけが作れるはちみつケーキの材料は、かつて王都の菓子店〝ラベイユ〟でも使われていたんです。ライナーが店主になってから、契約を切られたようですが……」
「あー、あなたはかつてあのラベイユで働いていたってわけね?……でも店主が変わってあの店の味が落ちたのね……。はあ……」
アデリナは苦しそうに息を吐いた。クロエは心配して尋ねる。
「王妃様……ご気分がすぐれませんか?」
「いいえ、違うの。もっとあなたに聞きたいことを思い出して」
「は、はあ……」
アデリナは注意深くクロエを覗き込むと、周囲を憚るように尋ねた。
「あなたはいいお嬢さんだから聞くけど……恋って、したことある?」
クロエはどきりとする。
(まさか……既に私とアルベールのことが王妃様にバレてるんじゃ……!)
クロエが焦っていると、アデリナははしゃいだ。
「あっ。その顔には──〝したことある〟って書いてある!」
「!」
「私の目は誤魔化されないわよ。お菓子といえば、コイバナがつきものよ。白状なさって?」
「!!」
どうやら、そういった意図は特になさそうだ。本当に無邪気に、年頃の娘と恋の話がしたかったのだろう。クロエはたじたじになったが、答えると辛くなりそうなのであえてこう切り返した。
「王妃様こそ、陛下に恋などは……」
すると、アデリナは歪んだ笑顔を見せてこう言い切った。
「私は完全な政略結婚よ。親が言うからしかたなくこんなド田舎国に輿入れしたってワケ」
クロエは何かそそうをしたのではないかとヒヤヒヤしたが、
「でも、その鬱屈した気持ちを救ってくれたのが、あなたの作ったこの蜂蜜ケーキだったのよ!」
と続けて貰えたので、クロエはじーんと感じ入った。
「じゃあ、王妃様はこの蜂蜜ケーキに恋をしたと?」
「まあ、そう受け取って貰って構わないわ。ところで、コイバナはまだなの?」
どうしてもコイバナをしなくてはならないらしい。クロエは様々なことを隠しながら、概要だけを伝えようと決意する。
「そうですね。私の初めての恋は、山奥カフェのお客様で……」
アデリナの目が、ケーキを食べた時よりキラキラと輝き始めた。




