57.天使のラッパ
ヴァルテルミ王宮には、地下墓地があるらしい。ライナーは尋ねた。
「地下墓地……とは、何ですか?」
「王宮で預かった囚人を埋葬する場所だ。下手に地上に墓を作れない連中が埋葬される。たとえば国家間の人質とか、凶悪犯罪を犯した王族なんかだよ」
まさに、死後も亡き者にするための墓地だ。誰にも思い出されないための墓地なのだろう。
「そこの清掃とは……?」
「ネズミとかが死んでたり、虫が落ちてたりするだろ。それを掃除するわけ」
「うっ……」
「ま、それが出来ねえなら城から出てってもらって構わないんだが?」
ライナーは噴火しそうになったが、何とか怒りをこらえた。
よく考えれば、地下墓地などというものは、暗記した王宮の間取り図にはなかった場所だ。
(例の地図にはない場所……人質の埋葬か……何か、新しい発見があるかもしれない……)
彼はそう考え、すぐに気を取り直した。
「分かった、やろう。案内してくれ」
「おっ、そうこなくっちゃ。じゃあ案内するぜ」
使用人が掃除用具を集め、ライナーに手渡す。彼はそれを受け取ると、使用人の後について歩き出した。
地下一階の使用人の部屋から更に地下二階へ行くと、そこは牢獄だった。ライナーは素早くそちらへ視線を動かす。
(この牢獄のどれかに、アルベールが……?)
しかしじっくり見ているわけにも行かず、後ろ髪を引かれながら更に地下三階へと潜る。
真っ暗になり、使用人がランタンを灯す。
ぼうっとした光が浮かび上がり、ライナーは様々な虫を踏みつぶしながら嫌々奥へと向かった。
「だいぶ広い場所で迷いやすいが、ランタンを掲げて隅から隅まで掃くんだぞ」
「……分かりました」
すると使用人はランタンを床に置いて、そそくさと地下墓地を出て行った。よほど居たくない場所らしい。
ライナーは掃除用具を床にばらまくと、ランタンを持ち上げて周囲を見回した。
壁には人が寝られる程度の穴が無数に開いており、そこに遺体を埋葬しているらしかった。穴の中には白骨遺体がごろごろしている。
天井を照らすと、どうやら申し訳程度にラッパを吹く天使の絵が描かれていた。一応、遺体を弔う姿勢を見せているのだろう。ヴァルテルミの王族にとってうしろめたい人物の遺体だらけなのだから。
「ふん……王族なんて、金があるだけでロクなもんじゃない」
一応アリバイ程度に掃除らしきことをしてから、ライナーは早速探索を開始した。埋葬の都合からか、墓場は迷路のようになっている。
「どこかに外へ出られる抜け道はないか……?」
ランタンを手にウロウロしていると、行き止まりになった。
「こっちは違うか……」
ありとあらゆる壁を調べる。
何も手がかりはない。ライナーは苛々した。
「くそっ。何もかも上手く行かねぇ」
ふと墓穴に視線を転ずる。
「高貴な身分の者の墓なら、何かいいもんは落ちてねーかな?」
ライナーは墓穴をひとつひとつ覗き見た。どれも骸骨ばかりだが、高貴な服を着せられていた形跡がある。
空いている墓穴もある。しゃがんでその穴を確認していると、ライナーは「あっ」と声を上げた。
金属のプレートが落ちている。すわ金かと思い手に取ると、錆びた古いプレートだった。
「……ちっ。いらねー」
壁はあらかた見終えたので、今度は天井を見上げる。
虫やネズミがいるのだとしたら、どこかに隙間があるはずだ。
「空気口はどこだ?」
天井画の天使に違和感を覚えじっと見つめていると、ラッパの位置にそれを見つけた。
「……なるほど」
ラッパの絵に沿うように、空気口が見えたのだ。近くまで行き耳を澄ませると、微かに人の声がした。
「……が……で……」
ライナーはどきりとした。
「この声、聞き覚えがあるな?」
そう思うと、いてもたってもいられない。
「……脚立が必要だな」
ライナーは使用人の部屋へと戻った。一番大きな脚立と雑巾を持つと、掃除に精を出すふりをして再び降りて行く。
脚立を天使の場所に近づけ、登って行く。
空気口に耳を当てると、その声はよりはっきりと聞こえて来た。
「食事ならいらない。どうせすぐ殺されるんだから」
ライナーはひとりごつ。
「この声は……やはり、アルベールの声だ」
看守か何かと話をしているのだろうか。まだ元気そうだ。ラベイユの未来のためにも、彼をどうにか生き永らえさせたい。
地下墓地と牢はこの空気口で繋がっているようだ。このすぐ上が、牢ということになる。
「うーん。でもカタコンベから救出は無理そうだな。牢に直接行く方法はないか?」
彼は急いで脚立を下りた。
再び墓穴を物色する。
ライナーは、先ほど墓穴に転がっていたプレートをつまみ上げた。
「そういやこれ、何かの鍵っぽくね?」
金属の板には、山のように不規則にギザギザが刻まれている。
「いつか使えそうだし、一応取っておくか。……何か問われたら、掃除してたら間違って捨てましたと言い訳すればいいや」
ライナーはそれをポケットに突っ込むと、脚立を抱えて再び階段を上がって行った。




