56.王妃のティータイム
クロエは王宮内に部屋を割り当てられた。
王族も利用するとされる、来賓用のゲストルームである。使用人の部屋ではない。かなりの好待遇だ。
今まで来ていた服は、クローゼットの中に保管されていた。
クロエは古い服のポケットからこっそり、地図と家系図とを取り出す。
デスクに座ると、その二つを眺めた。
「彼はなぜ、これだけを必死に守っていたのかしら」
まず王宮の間取りを見る。地下に牢があるので、きっとそこにアルベールは捕らえられているはずだ。
使用人の部屋も地下に存在する。どちらかといえば、この部屋からの方がアルベールにより近づけそうだ。
「うーん。でも、ここは二階だわ……」
ライナーに会えたなら、後で地下の様子について聞き出さなければならないだろう。
次に家計図を見る。
死者累々だが、その死者たちにも親戚関係が張り巡らされていることが分かる。かなり細かい図だが、クロエのような平民には分からない事情がこの家系図のどこかに潜んでいるのかもしれない。
「ふーん。アルベールのお母さんのおじいさん、つまりアルベールのひいおじいさんは、前タルナート国王のいとこだったんだ」
その世代は、国を跨いでの結婚も見られる。アルベールはそういった親戚筋を辿って、亡命先でも探していたのだろうか。今は係争中の国同士でも、過去を辿れば友好関係を結んでいた時期もあっただろう。
「亡命か、脱出か。亡国の王子様にはそれしか道が残されていなかった……?」
クロエは彼の部屋に残されたものから、彼の考えを導き出そうとする。
その時だった。
扉がノックされる。クロエは慌てて引き出しに二枚の紙をしまった。
「は、はい……どなた?」
「アデリナ様が早速、ティータイム用にはちみつケーキを用意せよとおっしゃっています」
使用人がそう言うと、クロエは持参していた籠を部屋の隅から引っ張り出した。
「今日の分は、もう山奥で焼いてから来てます」
「では厨房前の配膳室までお持ちください」
使用人が待っているようなので、クロエは籠を持って彼女について行く。
厨房は一階にあった。コックコートを着た大男がこちらに手招きしている。
「初めまして、パティシエールのクロエと申します」
「俺はコック長のクルトだ。ケーキを切り分ける、そのパウンドケーキをこっちに寄越せ」
クロエは蜂蜜ケーキをクルトに手渡した。
「おい、このケーキの付け合わせには何が合うと思う?」
「えーっと……よく添えられるのは生クリームやミントかと思いますが、個人的にはナッツがお勧めです」
「あー、なるほどね」
クルトはゆるい生クリームをかけると、刻んだナッツをパラパラとまぶした。
「こんな感じでいいか?」
「はい!素朴でいいと思います」
「クロエが配膳するんだ。そっちの方が王妃様も喜ぶだろう」
銀色のワゴンが引き出され、クルトがポットに紅茶を淹れる。
赤い砂の入った砂時計がひっくり返された。
「執事が王妃様を晩餐室に呼びに行った。今から行けば、王妃様が入る直前に晩餐室に滑り込めるだろう。田舎娘よ、幸運を祈る」
クロエはどきどきしながら、初めてワゴンを運んだ。見たこともない派手なローズ柄の食器が、ワゴンの上でカタカタと揺れている。きっとこれがこの世で最高級の食器に違いない。
使用人が扉を開け晩餐室に入ると、天井までぎっしり絵画で埋め尽くされた金箔の間が目に飛び込んで来た。きらびやかなシャンデリアが頭上で輝き、あちこちに光を降らせている。謁見の間よりゴージャスだ。
と、使用人たちがやって来てテキパキと配膳を始めた。クロエはいちいち驚いては目をきょろきょろと動かす。
クロエも何かしようとしたが、
「あなたはここではお客様なので、これ以上配膳はしていただかなくて結構です。王妃陛下がいらっしゃるまで、立ったままお待ちください」
と遮られてしまった。
砂時計の砂がちょうど落ちる。
そのまま待っていると、奥の扉からアデリナが入って来る。
クロエは緊張したまま王妃を出迎えた。アデリナはそんなクロエを見ると、ふわりと笑う。
「ずいぶんと緊張なさっているのね。そんなに肩肘張らなくて大丈夫、今日は楽しみましょう」
クロエの椅子が引かれる。クロエはおっかなびっくり、椅子に浅く腰掛けた。
切り分けられたケーキが、クロエと王妃に差し出される。
「あなたに聞きたいことが沢山あるの」
目の前にカップが並べられ、とくとくと紅茶が注がれた。
「まずは、二人でこの最高のケーキをいただきましょう」
アデリナはずっと上機嫌だ。クロエはほっとした。ライナーに激高したと聞いてから「もしかしたら気難しい人なのかも」と不安だったが、よく考えたらライナーは誰にでも激高される男なのだ。心配は杞憂であった。
アデリナは生クリームの下から蜂蜜ケーキを探し出すと、幸福そうに口に運んだ。
「ああ……!やっぱり、素晴らしい味ね」
王妃が喜び悶えている。レシピ通りに作ったので、味は落ちていないようだ。
(よかった……!)
クロエはようやく晴れやかな笑顔をのぞかせた。
「そうおっしゃっていただけて光栄です」
「やっぱり、山の空気がいいのかしらね?スポンジの中に、山の香りが閉じ込められているような気がするの」
彼女自身の言う通り、アデリナの舌は確かなようだ。
「このパティシエールとふたりで話がしたいわ。あなたたち、出て行ってもらえる?」
使用人たちが出て行く。
晩餐室には、王妃とクロエだけが残された。
一方その頃。
ライナーは地下の使用人詰め所にいた。
使用人の男がライナーに言う。
「使ってくれって言われても、お前みたいな素人は使いどころがねえんだよな~」
「そこを何とか。今、役立たずと追い出されては困るので……」
使用人は散々悩むと、
「そうだ!一番嫌な、あの仕事をやらせよう」
などと言う。ライナーは嫌な予感がしたが、抗える立場ではなかった。
「はあ……一体、どんなお仕事で?」
「地下墓地の清掃だよ」
ライナーは真っ青になった。




