54.卵の試練
次の日。
ライナーが山奥カフェにやって来た。
彼の手に卵はない。
王妃に渡すための新たなケーキを焼きながら、クロエは尋ねた。
「エルマーさんは、あなたに何を残していったの?」
ライナーの顔は、いつも以上に不機嫌そうだ。面倒そうなので、クロエはそれ以上聞かないことにした。
「そろそろ王宮に行かなければならないわ。ブレニッツから、今日中に辻馬車に乗るの。準備はいい?」
ライナーは何の脈絡もなく言った。
「エルマーから、伝言があった」
クロエは釜の前で汗を拭きながら顔を上げる。
「〝ここまで辿り着けたなら、お前はパティシエをやっていけるだろう。頑張れライナー〟って」
クロエは困惑の表情を見せた。
ライナーがポケットからくしゃくしゃに丸めた手紙を出し、クロエに向かって開く。
確かにそこには、一筆だけ、そう書かれていた。
クロエは推理する。
「つまりエルマーさんは……クリストフさんの卵を見つけられたら、ライナーはパティシエを続けられるだろう、って考えていたのね」
「なら、初めから食材のありかを書いとけよクソオヤジ!」
「でも……なんだか、エルマーさんらしいなぁ。きっと心のどこかでライナーを心配してたんじゃないかしら。だから、逆に食材のありかを告げずに隠したのかもしれないわ。ライナーに、自分の力で極上の卵に辿り着いてもらうために」
クロエの言葉に、ライナーはおずおずと切り出した。
「あのさ……エルマーって、どんな奴だった?」
クロエはきょとんとする。
「えっ?エルマーさんに会ったことがないの?一度も?」
「ああ、会ったことはない。俺は早くから製菓店に弟子入りして、母と養父を食わせて行かなきゃいけなくて。父のことは、死に顔しか見たことがない」
それを聞き、クロエは少し悲しくなった。
「そう……どんな事情があったかは知らないけど、苦労したのね」
「まあ、俺はずっと離れた場所にいたし、忙しくてそれどころじゃなかったからな」
「エルマーさんは、あなたに全く似ていなくて、いい人だったわ。環境があなたをねじ曲げたのかしら……」
「は?俺、全然ねじ曲がってなんかないんだけど?突然悪口言うのやめてもらえる?」
ライナーは苛々しながら手紙をポケットに突っ込んだ。
しかし、とクロエは思う。
(エルマーさんのこの愛情の示し方、よく考えたら割とねじ曲がっているかもしれない……)
その思い付きは隠しながら、彼女はライナーを鼓舞するように言った。
「エルマーさんは多分……あなたを信じたかったんだと思うわ。自分の息子なんだから、ちゃんとやれるはずって」
ライナーが「ふん」と鼻を鳴らす。
「まあ、やれたわけだ。俺はすぐにでもラベイユを再建してみせる!」
「ところで……クリストフさんは、卵、売ってくれた?」
クロエの問いに、彼は隠すように顔をそむけ、ブツブツと取り繕う。
「いつか売ってくれる……はずだ……」
「ふふ。大方、あっちでお菓子を作らされたものの、マズくてそれ以上食べて貰えなかったんでしょう?」
「……!」
「クリストフさんは王妃陛下よりお菓子の味にうるさいわよ。卵を売って欲しければ、もっと腕を磨かないと駄目ね」
「……ふん。何を偉そうに」
「私はクリストフさんに認められたし、あなたよりは偉いわよ。そんなに反抗的な態度を取るなら、やっぱりあなたはここに置いて行こうかしら」
ライナーは少女に縋りついた。
「うそうそ!俺も行きますって……!」
「先に町へ行って準備をしてて。私は材料と共に直接王宮へ向かうわ。辻馬車の停留所で会いましょう」
夕方ごろ、クロエはブレニッツの町に入った。
籠の中には焼いた蜂蜜ケーキがひとつと、アンナの蜂蜜とクリストフの卵が入っている。
服のポケットには、アルベールの描いた王宮内部の図面と家系図を忍ばせておいた。
辻馬車の停留所に、ライナーが待っている。
「来たの?」
「何だよその言い方……腹立つなぁ」
「失敗したら、お互いただじゃ済まないわよ」
「そんなことは分かってる。ラベイユが再び返り咲けるなら、こちとらやれることは何でもやるってだけだ」
粗末な馬車がやって来て、二人は乗り込んだ。
既に先客がいる。都会的な格好をした少女たちと相乗りになった。
「せっかくブレニッツの宿屋に行ったのに、ケーキの提供が中止だって~」
「ついてないよね私たち」
「早く、ケーキ屋さんの病気が治るといいな」
「次は絶対食べたい!いつから販売再開するのかな?」
クロエは籠を抱きかかえながら、かたつむりのように自分の殻に閉じこもる。
ライナーは無遠慮に空席へごろんと横になって、少女たちに煙たがられていた。




