53.救出計画
クロエは小さく頷いた。
ライナーはごくりと喉を鳴らす。
「どう考えても、無理だろう。死ぬよりは、ラベイユに戻ってケーキを作っていた方が……」
「嫌です。あなたの下で働くぐらいなら、死んだ方がマシなの」
「えっ。そんなに嫌……!?」
ライナーは、まさか自分がそこまで嫌われているとは思っていなかったらしい。
しばしライナーは平面図を睨み続けた。
「ということは、まずは俺を王宮に連れて行くってことだな?」
「私の味覚がダメになってるので、助手ということにするわ」
「でも、王宮に留まり続けられる期間は長くない。そんな短期間で救出なんか出来っこないよ」
「……」
「あっ。そうか……それを言い出したら、クロエはもうラベイユに戻ってこない……」
ライナーも王宮御用達証を剥奪されており、後がない。
このままでは経営が失敗に終わり、再びあのダメ養父の餌食になりながら落ちぶれて行くしか道はないのだ。
ライナーは頭を掻きむしり、悩みに悩んだ。
クロエはその様子を注意深く見つめている。
「……分かった。行こう」
ライナーは、無理矢理に結論を導き出した。
「ただ、努力はするがどうしても無理なこともあるだろう。その時は──」
「失敗したらラベイユには戻らないわ。当たり前でしょう」
「ぐっ……」
「戻る条件は、ただひとつ。アルベールを生きて安全な場所に移すことなの。それが叶えば、私はライナーの言う通り、ラベイユに戻ってもいい」
ライナーは舌打ちした。
「ちっ。分かったよ……」
彼にも後などなかった。
「そうとなれば、計画を立てなくちゃならない。アルベールは、牢に入っているんだな?」
「恐らく。確か、以前新聞で読んだ記事によると、彼のお父様もしばらく牢に監禁されてから処刑だったはず」
「その前に、か。……時間がかかりそうだから、なるべく長く王宮にいる必要があるな」
「私たちがいつまで王宮にいられるかは、一度陛下に謁見して確認してみないと分からないわ」
不確定要素が多すぎるが、クロエが蜂蜜ケーキを持って王宮に出向くことは確定している。
恐らく、これがアルベールに近づける最後のチャンスだ。
(これを逃したら、あとはない)
クロエの胃は緊張にねじ切れそうだったが、ある意味ライナーがいた方が気が紛れる。クロエは未だに彼を敵と認識しているが、味方にすればこの傍若無人さは逆に心強い。
「じゃあ、私はこれからケーキの材料を集めてくるわ。あなたはここにいるのよ。ついてきちゃダメ」
「えー……」
と、その時だった。
「おーい」
聞き覚えのある声がする。
クロエは窓から顔を出した。
「あっ、クリストフさん!」
「また、うちの卵を持って来たぞ。ケーキと交換してくれ……」
クリストフはライナーを見つけると、眉間にしわを寄せた。
「てめーは誰だ?」
クロエは思わずライナーを遠ざけようとしたが、彼は何かすぐに勘づいたらしく前へ出た。
「初めまして!私の名前はライナーです。エルマーの息子の──」
するとクリストフは、パッと顔を輝かせた。
「おお、お前がエルマーの息子のライナー……!」
そう聞くや、ライナーの目が欲望をたぎらせ怪しく光る。クロエはクリストフを怒らせないようにライナーの口を塞ごうと思ったが、クリストフの方はあっさりとこう言った。
「お前に渡したいものがある。ちょっと、うちまで来いよ」
どうやら、クリストフはライナーを歓迎するようだ。驚いているクロエに、彼は続けた。
「今日のところはとりあえず、この卵だけ渡しておく。クロエのケーキは、また今度取りに来るよ」
クリストフが他人を歓迎するとは、珍しいこともあるものだ。
クロエは不思議に思いながら、クリストフとライナーの後ろ姿を見送った。
妙な胸騒ぎがする。
(クリストフさんがライナーに渡したいものって、何かしら)
話の文脈からすると、エルマーから渡されたもののようだが。
(もしそれが卵だったら、ライナーは〝卵を手に入れたからお前は用無し!〟って言ってくるのかな……)
日和見なライナーのことなので、突然の心変わりも想定しておかなければならないだろう。
(まあ、そうなったらそうなったで、単身で王宮へ突っ込んで行くしかないわね)
色んな懸念を心に秘めながら、クロエはアルベールのことを思い出す。
(……アルベール……元気でいて)
自分の力が及ぶ範囲など、かなり狭い。
クロエには、祈ることしかできない。




