49.最悪の味方
ライナーは足を引きずりながら山奥カフェに近づいて来た。
竜騎士たちの中で一番扉側に近い騎士が振り返り、彼に銃を向ける。
「近づくな!何者だ!」
ライナーは舌打ちした。
「うっせえな。俺はそこの女に用があるんだよ!」
クロエを含め、その場にいた全員が混乱の表情をしている。
ライナーは構わず言った。
「クロエ、帰って来てくれ。君がいないと、俺の人生は滅茶苦茶なことになるんだ!」
クロエは目を白黒させた。
竜騎士がライナーに銃を向けて問う。
「お前は何者だ?返答によっては捕らえる!」
ライナーは銃を向けられて一瞬言葉に詰まったが、アルベールを見るとひとりごちた。
「ん?捕まったのか、お前……」
その奥には、顔面蒼白のクロエが兵士たちに銃を向けたまま立っている。
ライナーは考えた。
(あの日俺を殴って来たこの男の様子を見るに、あいつクロエに惚れてそうだったよな~)
もし、彼が何か犯罪を犯していて、クロエが彼を匿っていた場合。
(このままだと、クロエも連れていかれる……?)
それだけは避けたい。
(俺の店の未来のためだ。従業員のクロエを連れて行かれるわけにはいかない……!)
するとライナーは早速、得意の嘘をついた。
「私はクロエの婚約者ですが?」
クロエはその言葉に思わず気が抜け、顔面蒼白のままがくりと膝をつく。一方、アルベールの顔色は元に戻った。
竜騎士が怪訝な顔をする。
「は?婚約者……?」
「ええ、そうなんです。ほら、俺が帰って来て、安心したから銃を置いたでしょう?彼女は集団の男にトラウマがあって、囲まれると錯乱するんですよ。だから今度から山奥で暮らすことにしたってわけで……そうだよな、クロエ?」
確かに、クロエはもう銃をおろしていた。
竜騎士たちは互いに顔を見合わせると、とりあえず獲物のアルベールを引っ張って行く。
ライナーはひるむことなくカフェに入って来た。
すれ違いざまに、アルベールはライナーに呟く。
「……ありがとう」
ライナーはそれを聞くや聞かずかクロエの肩を抱き、竜騎士たちに矢継ぎ早に質問した。
「何かあったんですか?え?逃亡犯だったんですか……?……はい、あいつはただの、店の常連さんですよ…」
竜騎士の竜に押し込まれ、アルベールが遠ざかって行く。
竜騎士たちはライナーの長話に付き合いたくないとでも言うように、さっさと竜に乗って王都へ帰って行った。
カルルも縛り上げられ、連れて行かれた。
山奥カフェには、ライナーとクロエだけが残される。
クロエは涙も出なかった。
ライナーの無遠慮な体温が伝わり、次第に吐き気と涙とが湧き上がって来る。
「うっ……」
クロエは思わずライナーを突き飛ばした。
「うわっ!いってぇ。何すんだよ」
「あんたこそ!あんたなんかいなければ……!」
「はあ?でもお前、あのまま錯乱して兵士を撃ってたらブタ箱行だぞ」
「……」
「俺は、お前が殺人犯になるのを阻止したんだからな!感謝しろよ!!」
早速恩を着せて来た男に、クロエは苛立ちを隠せない。
「やめてよ!もう、私のものを奪うのは……!」
ライナーは怪訝な顔をした。
「は?奪う?」
「私からラベイユを奪って、アルベールも……」
「前半は確かに俺のせいだが、後半は俺のせいじゃないだろ。ってか、何があったんだよ」
クロエは黙り込んだ。
こんな男とは口をききたくない。
すると、遠くからまた足音が聞こえて来る。
「アルベール様ぁ!!」
モイズの声だ。それで、クロエはモイズがアルベールの正体を知っていたことに気づいた。
モイズは肩で息をしながら、山奥カフェに転がり込んで来た。
「ク、クロエ……君は、無事だったか!」
クロエは汗だくのモイズを見ると、ボロボロと涙をこぼした。
モイズを追って、家畜たちが飛び跳ねながら庭に集まって来る。
モイズは用心深く猟銃を取り上げると、ライナーを睨んだ。
ライナーは気まずそうに言う。
「待て待て。俺はクロエを助けた側だぞ。こいつが犯人隠匿の罪でしょっぴかれるところを、俺の機転で止めたんだからな!」
「……本当か?クロエ」
それについては、認めざるをえないところがある。
クロエは嫌な顔をしながらも、こくりと頷いた。
ライナーはその反応を見て、嬉々として続ける。
「ほらな。俺だって命懸けで助けてやったんだ。このご恩に報いるために、ラベイユに戻って来い!」
モイズは苦虫を嚙みつぶしたような顔になった。
「こんな時に、その話をすべきか?よく考えて話せよ」
「だいたい、こいつは父エルマーの店ラベイユで修業をしたから、このカフェを運営出来ているわけで……つまりは俺に恩返しをすべきで」
「うわぁ……やっぱ狂ってんなぁ……」
モイズはクロエの前にしゃがみ込んだ。
「アルベール様のことを、黙っていて悪かった」
「……」
「かつて俺は竜騎士兵として、ネマラートに仕えていたことがある。俺は戦争の開始と共にアルベール様の逃亡を助け、没落したふりをして、あのお方を匿うためにこの山を売った。しかし──ブレニッツは思いのほか急速に発展した。あのお方が見つかるのは時間の問題だったんだ。クロエ、だから自分を責めるなよ。俺がいけなかったんだ。もっと早めにアルベール様を別の場所へ移すなどの策を練っていれば、こんなことには」
クロエは再びしゃくりあげる。無遠慮にクロエの頭に手を伸ばしたライナーを、モイズはしかりつけた。
「だから、やめろっ!お前には人の心が無いのか!」
「は?悲しんでいる女性は慰めてあげないと……」
「お前みたいなクソ男がいたいけなクロエを慰められるわけないだろ!おいっ、お前はうちに来るんだよ!」
「えー……」
「寝床も飯も用意するから、来い。もうクロエに近づいちゃならん!」
モイズはライナーの首根っこを掴むと、クロエに告げた。
「クロエ、ちょっと休め。こいつはうちで預かる。そうだ、コレットにもケーキ作りをしばらく休むと伝えておくよ」
クロエは無言で頷いた。
モイズは猟銃をライナーに突き付ける。
「ほうら、俺と一緒に来るんだ!」
「げっ……銃で脅すのはナシだよ」
「いちいちうるせぇ。きびきび歩けっ!」
「あーもう!分かったよ……」
ライナーはクロエを見下ろすと、つまらなそうにこう吐き捨てた。
「メソメソしてても何も起こらないぞ。あの兄ちゃんを取り戻したいなら、こんなところで泣いてないで、どんな汚い手でも使えよ!」
モイズが憤怒の表情になりライナーを銃で小突く。彼は渋々家畜と共に歩き始めた。
山奥カフェに、静寂が戻って来る。
クロエはフラフラと歩き出すと、ラベンダー色のベッドに倒れ込んで死んだように動かなくなった。




