48.最後の
複数の青い竜は、真っすぐに〝山奥カフェ〟へと向かって行く。
その頃、クロエはいつも通りにケーキを焼いていた。
整然と並べられたテーブルセットには、アルベールが座っている。
ライナーが追って来ることを警戒して、アルベールはしばらくここで暮らすことにしたのだ。
クロエとしては、それはとてもありがたいことだった。
そして、非常に嬉しいことだった。
好きな人と暮らす日常。一緒の食事を摂ること。夜まで語り合うこと。全て、今までクロエが味わったことのない幸福だった。
(こんな日がずっと続けばいい)
だが、いつか終わりが来ることも分かっている。
クロエはケーキが焼き上がると、型から離して覚ました。甘い香りがカフェの隅々まで広がる。
アルベールが立ち上がった。
「これが冷めたら、ブレニッツまで運ぶよ。その間にやっておく家事ってある?」
クロエが洗い物をしながら言う。
「薪を用意して欲しいの」
「はいよ」
アルベールが扉から出ようとした、その時だった。
「クワーッ、クワッ!」
突如、足枷をして庭で寝そべっていたはずのカルルが叫び出したのだ。アルベールはカルルの視線を追って、上を向いた。
青い竜が集団でやって来る。
鞍の色と模様を見ればすぐ分かる。
王族の所有する竜だ。
「……アルベール?」
クロエがこちらにやって来る。アルベールは慌ててクロエを押し戻した。
「何?どうしたの」
「クロエ、聞いてくれ」
アルベールの切迫した様子に、クロエは息を呑んだ。
あの美しいエメラルドグリーンの瞳が、覚悟を持ったように透き通ってこちらを見つめている。
「クロエ、ずっと君を愛してる」
クロエはぽかんとしてから、カルルの叫び声が次第に大きくなって行く様子に全てを察した。
耳に、聞き慣れない竜の複数の羽音が聞こえる。
「アルベール、もしかして……」
「いいか?これから誰に何を聞かれても、俺とは関係ないと言え。俺の名前も知らないと」
「……!」
「それだけ。もう、ここでお別れだ」
「や、やだ……」
「聞き分けろクロエ」
「やだ!アルベール……!」
アルベールは泣きわめくクロエの頬を両の手で押さえ込むと、ぎこちなくキスをする。
互いの唇は冷え切って、震えていた。
「……!」
「さようなら、クロエ」
クロエの口の中が、まるで砂でも噛んだようにざらりと味覚を失う。
カルルの周囲を、複数の竜が取り囲んだ。
ヴァルテルミ王国の竜騎士団だ。
カルルを見るや、兵士たちは降りて来て口々にこう言った。
「やはり、あの新聞記者の言う通りだ」
「間違いない。こいつは敵国ネマラートの、王族用の竜だ」
残りの集団が、無遠慮にドアを蹴とばす。
そこには、絶望の表情の少女がいる。
そして──
背後にいる青年を見つけるや、竜騎士たちがざわついた。
「いた!」
「こいつだ!こいつが王太子アルベールだ!!」
ひとりの上官らしき竜騎士が、立ちはだかるように前へ進み出る。
彼は威厳をもって、こう宣言した。
「ネマラート王国、王太子アルベール。オディロン国王の命により、内乱準備罪および外観誘致罪で勾留する」
アルベールが両手を上げ、降参の姿勢を取る。
周囲の視線が、金髪の青年に集まった。
「いかにも」
王太子アルベールは、まっすぐに言った。
「私がアルベールだ。逃げも隠れもしない」
しかし竜騎士たちは次の瞬間、彼の背後に視線を移して固まっていた。
「……?」
アルベールは不思議に思って、恐る恐る背後を振り返る。
そこには──
猟銃を持ったクロエが立っていた。
「ばっ、馬鹿!」
クロエは竜騎士たちに猟銃を向ける仕草をした。
「やめて!お願い……!」
「!!下ろせ、馬鹿!」
しかし、今度は竜騎士たちが持っている銃をクロエに向ける。
「……!」
我を失っているクロエを、アルベールは背中で隠した。それですぐに、竜騎士は悟る。
「おい、この女も連れて行け。犯人隠避の可能性がある」
クロエの足が震え、顔色が青くなって行く。
アルベールが一番懸念していた危機を、あろうことか自分自身の過失で呼び寄せてしまった。
「わ、私……私は」
アルベールが叫ぶ。
「違う!俺はこのカフェの客として来ていただけで……この店員のことは、全く知らない……!」
クロエはぼたぼたと涙を流す。
アルベールは羽交い絞めにされると、両腕にぐるぐると縄を巻かれた。
膠着状態の中、遠くでカルルの鳴き声がした。
「クエーッ!クエッ!!」
それから、別の声がする。
「何だこの竜は!おい馬鹿、やめろ!」
クロエは鳴き声のする方を見た。
聞き慣れた声だ。
忘れもしない、この世で一番嫌いな声。
クロエは竜騎士の背後に、まさかの人物を見つけた。
「クソが!」
彼はカルルを蹴り上げたが、竜の鱗は頑丈なので逆に足にダメージを喰らい、転げ回った。
「いってぇ……おーい、クロエ!そこにいるんだろ!?クロエ!!」
芝生に転がりながらそう叫んでいたのは──あの忌まわしい男、ライナーだった。




