45.最悪の再会
次の日。
クロエはアルベールに送ってもらい、再びブレニッツの商工会を訪れた。
「じゃあ、次は夕方に宿の前に集合」
「うん!」
彼女の籠の中には、箱入りの蜂蜜ケーキがある。
商工会の事務室で、クロエは事務員にケーキを手渡した。先にシリルから話があったと見えて、すぐに手続きは済んだ。
ケーキはこれから郵便局の馬車で王宮まで運ぶという。
(無事に運ばれますように……)
クロエは祈りながら馬車を見送った。
「さて、と……」
少し小腹が空いている。
「今日の夕飯は、コレットさんの宿屋で食べようかな☆」
クロエは次第に懐の具合も良くなっており、たまには自分以外の人間が作った料理が食べたくなっていた。
カフェタイムは終わり、既に夕食を取る客が一名いるのみだ。
クロエは隅の一席に座ると、コレットに話し掛けた。
「コレットさん、お世話になっております!ディナーを頼んでもいいですか?」
「あら、クロエじゃない!もちろんよ。今日は、セットメニューなら無料にしてあげる」
「やったぁ」
クロエは手渡されたメニュー表を見つめた。
「えーっと……この……春野菜のパイ包みとローストチキンのセットで!」
「はいよっ」
クロエはコレットにメニューを返すと、わくわくとその時を待った。
その時を──
「おい」
聞き覚えのある声と共に、肩が叩かれる。
クロエはおっかなびっくり振り返った。
そこに立っていたのは──
「久しぶりだな、クロエ」
ライナーだった。
クロエの弾んでいた顔は、一気に青ざめる。
「……え?」
「探したんだぞ」
突如現れたライナーは、そう言うなり無遠慮にクロエの目の前の席に座った。
「ライナー!?何でここに……!」
「まずは謝る。すまなかった」
ライナーは、さっと頭を下げた。
とても慣れた様子で。
しかしクロエの目には、そんなものはうわべの演技だとすぐに分かる。
それでむしろ、彼女の怒りに火がついた。
「……は?私を殺そうとした人に謝られましても」
「あれは誤解だ。殺せとまでは命じていない」
「何が誤解よ。ごろつきがあなたの命令だと言ってたわ。嘘ばっかり」
「……君に頼みがあるんだ」
急に下手に出て来たライナーに、クロエは怪訝な顔をした。
「……?」
「実は〝ラベイユ〟に戻って来て欲しいんだ。君を失ってから、君の力を痛感した。君なしには、王都の店舗運営は立ち行かない……!」
急に手を握って来たので、クロエは飛びのいた。
「はぁ!?」
「お願いだ。給与は以前の倍額払う。だから……」
「や……やめてください!!」
クロエが思いのほか大きな声を出したので、コレットがすっ飛んで来た。
「どうしたの、クロエ!?」
「あっ、コレットさん。助けて!」
クロエはライナーの手を振り払うと、ガタンと席から立ち上がった。
「何だい、そこのお兄さん。こんなところでナンパかい?」
ライナーは冷静にコレットを見上げている。
「宿屋ではナンパや勧誘の迷惑行為は禁止だよ。この子だって、嫌がってるじゃないか」
ライナーは立ち上がった。
「誤解ですよ。僕はクロエさんのパティシエールとしての腕を見込んで、はるばる王都から……」
「御託並べられたところで、この子が嫌がってるんだからさぁ」
するとライナーは強行突破に出た。
「来るんだ、クロエ!」
クロエは腕を取られる。男の力で引っ張られ、彼女は前につんのめった。
「は、放して……!」
コレットが厨房に向かって叫んだ。
「おい、男共集合!おかしな客がいるんだ!誰か!」
クロエが涙目で踏ん張っていた、その時だった。
宿の扉が勢いよく開かれ、一直線にライナーに向かって走って来る人がいる。
アルベールだった。
「あっ」
アイコンタクトがあったので、クロエはすぐにしゃがみ込んだ。
それに引っ張られてライナーがバランスを崩したところに、アルベールの膝蹴りが炸裂する。
ライナーの横っ面が蹴り飛ばされた。
「ふぐっ」
ライナーの手が力を失い、クロエは尻もちをつく。
クロエはカサカサと這って行き、食堂の隅にうずくまった。
意味もなく、涙が溢れて来る。
アルベールはクロエに駆け寄った。
「クロエ!怪我はないか?」
「うっ……うん」
クロエが流す涙を、彼はそっと手で撫でてふき取る。
ライナーはうめきながら立ち上がった。
「くそが……!」
アルベールはクロエの手を引いて立たせると、ライナーを睨んだ。
続いて、フライパンを持ったコレットとその従業員がやって来る。
「次は私たちが相手だ!」
「……」
複数人の視線にさらされ形勢が悪いと判断したのか、ライナーは床に口から溢れた血をペッと吐くと、何やらブツブツと悪態をつきながら宿の外へ出て行った。
クロエはそれでようやく気が抜け、腰が砕けてしまった。
咄嗟にアルベールが彼女の体を支える。
「クロエ。あいつは一体……?」
クロエは震える声で答えた。
「あれが、ライナーよ」
アルベールはそれで全てを察し、クロエを抱き締めた。
「あいつ……今になって、どういうつもりだ?」
「分からない。怖い……」
コレットが二人の肩をぽんぽんと叩いた。
「まだあいつ、そこらへんをうろついてるかもしれないね。猟師さん、早くこの子を竜で家まで送ってあげたら?」
「そうだな……ちょっとあいつ、クロエの命を狙っているヤバい奴みたいなんで」
「そうなの?なら、私からも警察に言っておくよ」
クロエとアルベールは裏口から出ると、カルルに乗り込んだ。
ランタンはつけず、ふわりと空を飛ぶ。
夕闇の中、アルベールはライナーにクロエの居場所を悟られぬよう、飛ぶルートを変えて山を目指した。
一方、牧場の牧草ロールに隠れていたライナーは、宿屋から飛び去った竜を見上げる。
「クロエは、山へ行ったか?〝山奥カフェ〟ヘ」
幸い商工会の機関紙には、山奥カフェの住所がしっかり載っていた。
「……あの山に、例の食材があるのか」
クロエを連れ戻す作戦は、思わぬ邪魔が入って失敗に終わってしまった。
「まぁいい。どうせ、山は貧しい連中だらけだ。金さえ積めば、きっと食材を売ってくれる」
ライナーは、今度は食材を狙う方向へ作戦を変えた。




