44.思い出の味
クロエはコレットの宿にケーキを納品し、材料を買いだめすると、アルベールの元に向かった。
二人は言葉を交わさないが、視線が合ったので互いに頷く。
乗り込むと、カルルはふわりと空を舞った。
山奥カフェでは、モイズが壁紙を貼っていた。
二人が帰って来ると、彼は期待を込めて汗を拭く。
「お?意外と早かったな」
クロエは町で買って来た野菜をごろごろとテーブルの上に並べた。
お礼も全て食事で返すのだ。
「ご協力いただきありがとうございます!お昼はみんなで食べましょう」
レタスを冷水に浸して千切り、その上からゆで卵を刻んで乗せる。
トマトも添えて、岩塩とオリーブオイルとレモンを回しかける。
その横では、アルベールが鹿肉を厚めに切って串にさし、炭火で焼く。
町で買った白パンも並べ、三人分の即席ランチメニューが完成した。
三人で食卓を囲む。モイズが泣きまねをした。
「さびれた山ん中でこんなうめーもんが食べられるとはよぉ」
「大袈裟ですよ。モイズさん、貴族だったんでしょう?」
「でも今や男やもめだぜ。やっぱり、こんないいもんには滅多にありつけねぇのよ」
最近の山奥カフェでは、住民のみんなで力を合わせて内部の改装をしているのだ。
カフェでくつろぎたいという欲望があるからか、周囲の山の人々は皆快く改装に協力してくれた。今貼っている壁紙も、アンナからの貰いものである。
宿直室には真新しいベッドがやって来た。ラベンダー色のカバーがかけてある。これでクロエも安眠しながらお菓子作りが出来る。
全てが順風満帆かに見えたが、クロエにはアルベールとの別れが差し迫っている予感があり、少女の心には常に小雨が降っている。
モイズがサラダを食べながら、呑気な顔でクロエに言った。
「そういや、最近町役場に並んでいた新聞に書いてあったぜ。国王陛下が〝ラベイユ〟の王室御用達証をはく奪したと」
クロエはどきりとして顔を上げた。
「……え?」
「どうやら味が落ちたらしいな。王妃陛下が舞踏会でマズいケーキを食わされて、お怒りになられたとか」
「そ、そんな……!」
クロエはショックを受け、ナイフとフォークを持つ手を震わせた。今はもうライナーのことなどどうでもいいが、あの思い出の店が無くなってしまうことは避けたい。
アルベールがモイズに言う。
「まあ、従業員を殺そうとしていたやつが店主の店だからな。商品に込める心なんかないんだよ」
「せっかくエルマーさんが大きくした店だったのになぁ。残念だが、エルマーさん亡き後は……仕方ないのかな」
クロエは、先程シリルに持ちかけられた話を思い出した。
(蜂蜜ケーキを焼いて送れというのは……もしかして、ラベイユの蜂蜜ケーキの味が落ちたから?)
国王夫妻は結婚式の際、ラベイユの蜂蜜ケーキを参列者に配ったのだ。きっと王妃にとって、思い入れのある味だったに違いない。
(別に王室御用達とかいうのに興味はないけど……私なら、きっと王妃様の求めるケーキを作れるわ……!)
クロエは俄然、燃えて来た。
食事を終えると各自、自分の持ち場に戻って行く。
クロエは早速蜂蜜ケーキを作った。
王都にいた頃は毎日のように作っていたので、レシピは頭に叩き込んである。
(王室御用達の証を剥奪するなんて、よほどお怒りだったのね。思い出の味が消えるのは、とても辛いことだもの)
クリストフの卵が、ミルクと混ざり合う。
白いふわふわの小麦粉をふるい入れる。
もったりとしたケーキ生地に、特別な日のために取っておいたアンナのトチノキ蜂蜜が注ぎ込まれる。
クロエは、まだ焼いていない生地の香りを吸い込んだ。
「この香り……久々に嗅いだわ」
オーブンに入れると、キッチンに懐かしく甘い香りが充満する。
いつも通り、綺麗に焼き上がった。
クロエは蜂蜜ケーキを冷ましながら、また別のケーキの生地作りに励む。
「早く王妃様の元へ送らなきゃ。思い出の味がまだあるってこと、お伝えしたいなぁ」




