43.ライナーの〝幸せ〟な人生
ライナーは、人生では〝利益〟を追求すべきと信じていた。
損をしてはならない、奪われてはならない。
そういう人生を送らなくては生きている意味などないと、そう信じていた。
母親が自分を妊娠中に急に前夫と別れたところから、全ては始まった。母親はすぐにアントンと結婚し、ライナーはまるで〝二人の子〟として育てられた。
なのに、母親はなぜかいつもライナーに〝お前は王都のラベイユの跡取りなのだ〟と、言い聞かせるように語った。
彼は、その言葉を素直に受け止めていた。
ラベイユという店は、自分のものなのだと。
正直、父親など誰でもよかった。
母が死んでも、どうだってよかった。
自分が幸せになれるなら何だってよかった。
そして自分が勝ち取れる権利は、誰かを困らせたり壊したりしてでも、得なければならないものだった。
誰にも奪われてはならないものだった。
殺してでも奪い取るものだった。
誰かに情けをかけることは、敗北だった。
仲間など、足手まといで無駄なものだった。
目の前の人間を、「奪い合う者」としか認識出来なかった。
優しさを持っている者は、全員その優しさを自分に向けるべきであると固く信じていた。
でも自分は損をしたくないので、他人への優しさなど持っていても無駄であると思っていた。
父や母も自分に利益をもたらすものでなければならず、自分を搾取するなどもってのほかだった。
つまり彼にとって畢竟、父も母も敵である。
愛とか恋というものは、相手を操るのに便利な言葉という認識であった。
ライナーにとって、自分の欲しいものが誰かのものであってはならなかった。
それは必ず奪い取らなければならなかった。
何かを諦めるというのは、人生を捨てているも同然の愚行だ。
ライナーは、自分は絶対に〝幸せ〟にならなければならないと信じていた。
不幸だと思った瞬間、命を絶つであろう。
ライナーはクロエの山奥カフェの記事を読み、すぐさまこう判断した。
このカフェも〝奪い取らなければならないもの〟だと。
ライナーはブツブツとひとりごちた。
「クロエの奴……なぜか生きていたようだが、今となればそれも好都合だ。この山奥カフェを乗っ取ろう。そうすれば、きっと例の食材も揃うはずだ」
ライナーは、自分の今までの不幸はこのクロエを利用しなかったことに原因がある、と考えた。
「また雇ってやるぞ、クロエ。お前は〝幸せ〟な奴だ」
ライナーは機関紙を読み込むと、山奥カフェの住所を暗記した。
扉を開けると、アントンがすがりついて来る。
「金を寄越せ!もう何日も食ってねえんだよぉ」
「知るか。水さえ飲んでいれば30日は生きていられる!」
ライナーはアントンを足蹴にすると振り切るように走って行って、乗り合い馬車の停留所からブレニッツ行きの馬車に乗り込んだ。
なぜか若い女性ばかりが乗っていたが、彼は意に介していない。
一方、その頃。
国王オディロンは王都商工会連合会の会長を呼び出していた。
「タルナートの竜を見た、というのはまことか?」
「はい。珍しい竜がいたのを、機関紙の記者がブレニッツの山中で見かけたと……」
会長の報告を受け、オディロンは深く考え込んだ。
(確か王太子アルベールは城を攻められた際、竜に乗って逃げたはずだな)
ネマラートからまだ少年の王太子が竜と共に逃亡した、五年前の状況と符合している。
報告して来たのが機関紙の記者という職業の特性上、虚言というわけでもなさそうだ。
少年から青年になった王太子が、こちらを恨んでいて反旗を翻す可能性もゼロではない。王の座を脅かす存在は少ない方がいい。
例の山中を捜索しても、損にはなるまい。
「報告ご苦労であった。近々、ブレニッツに捜索隊を派遣しよう。ところで──こちらからも、そなたに頼みたいことがあるのだが」
「はっ。何用でございましょう?」
オディロンは悩まし気に言った。
「我が国の、全ての製菓の事業者を調べ上げるのだ。その中でも評判の菓子店を探し出し、全ての報告を上げよ」
会長は王の意図が分からず困惑したが、とりあえずこう言った。
「はっ。おおせのままに」
「特に、蜂蜜ケーキを作っている事業者を探し出すのだ」
「はっ」
「そして蜂蜜ケーキと名のつくものを、全て買い上げ王宮へ持って来い。蜂蜜ケーキがないと、私は……この国は……終わってしまうんだ!」
「……?はっ」
会長は首を傾げた。王は随分取り乱している。何やら王宮では大変なことが起きているようだということは、彼にも理解出来た。
そうして、各市町村の税務署にお触れが出された。
〝製菓業の登録事業者に伝達。蜂蜜ケーキを作れるかどうか尋ね、作れるようなら王宮まで持ち帰ること〟
シリルの元にも、早速その通知が回って来た。
「蜂蜜ケーキか。クロエの山奥カフェで作れるかな?」
ここで王に顔を売っておけば、ブレニッツは更に繁栄するだろう。
シリルが書類を眺めながらゆったり宿屋の食堂でくつろいでいると、クロエが入って来た。
「コレットさん、お客様の予約品を……あら、シリルさん」
「コレットは今、融資の相談中でいないよ。そうそう、クロエに伝えたいことがあるんだ」
シリルは目の前の席を促した。クロエは腰掛ける。
「伝えたい事って、何でしょうか?」
「国中の商工会にお触れが出されてね。陛下が、極上の蜂蜜ケーキを作って欲しいそうなんだ。王妃の舌にかなう蜂蜜ケーキを作れた者には、王室御用達の証明を出す、または王宮にて専属パティシエとして雇う、という好条件が用意されている」
クロエは首を傾げた。
「王室御用達……ですか?」
「王都以外で、王室御用達の菓子店は未だにない。もしそうなったとしたら、快挙だ。是非、クロエにも挑戦してみて欲しいんだ」
シリルは町おこしに並々ならぬ意欲を注いでいる。きっと、クロエに奮起して欲しくてこの話を持って来たのだろう。
クロエは王室御用達の証明とやらにそこまで関心はなかったが、今までのシリルの恩に報いようと思った。
「分かりました、やってみます」
「おお!やってくれるか!」
シリルは喜んだ。
「ケーキは商工会から送ることになっている。出来次第、商工会に持って来てくれ」




