42.逆襲のライナー
クロエはモイズから食器一式を譲り受けた。
花柄のカップのセットと、シンプルな皿のセット。銀のスプーンやフォークも見つけた。
「これでおいくらですか?」
クロエが問うと、モイズは笑顔を作って言った。
「どれもタダでやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、喫茶店代を生涯無料にしろ」
「えー……」
「心配するな。そんなしょっちゅう来ねえよ」
確かに、これらは貴族の持ち物だったのだ。まともに買おうとすると、中古品とはいえとんでもない値段を請求されてもおかしくない。
「分かりました。モイズさんはご協力いただいた縁で生涯無料です!」
「やったね」
クロエは使用人のベッドからシーツを拝借して、食器類を包んだ。
そしてカゴに入れる。
「ありがとうございます。これで喫茶店を始められます!」
「まあ、何だ……頑張れよ」
「はい!」
三人はカルルの足に荷物をぶら下げた。
モイズが言う。
「じゃあちょっと、クロエとアルベールはそこで待っててくれ」
「え……?」
「俺がちょっくら廃校まで行って、置いて帰って来るからよ」
モイズは軽い身のこなしでカルルに飛び乗った。クロエがぽかんとしていると、モイズが荷物と共に廃校の方へ向かって飛んで行く。
「へえええ!モイズさんって、竜に乗れるんですね。さすが元貴族……」
クロエが思いがけず話し掛けながら仰ぎ見ると、その表情を覗き込むようにしてアルベールが微笑んでいた。
クロエはどきりとして、すぐにそっぽを向く。
(迷惑をかけちゃいけない……)
すぐに声が降って来た。
「カルルは、モイズさんにあげようと思う」
クロエは驚いて彼を見上げた。
「俺はそろそろ山を下りて、別の場所に行こうと思ってる。モイズさんには、既にクロエに山をあげることにすると言っておいた」
クロエの心は激しくかき乱された。
「なっ!?何で急に……私のせい、ですか?」
アルベールは慌てて首を横に振った。
「違う。もう前々から、降りようと思っていたところだったんだ。そこに、ちょうどクロエが来たというだけだよ」
彼はとてもスッキリした顔をしている。クロエはそれを見て、もう彼とは会えないのだと悟った。
「嫌です!私も一緒に……」
「やめてくれよ。俺は、好きになった女の子に迷惑かけるほど馬鹿じゃない」
クロエはぽかんとアルベールを見上げた。
アルベールは声を潜めて言う。
「もし、俺が消えたら……俺の小屋は開けておくから、好きなものを持って行ってくれ。何かの足しにはなるはずだ」
「……!」
「本当は黙って出て行くべきだったんだよな。でも、君をだまし討ちみたいにして何も言わずに出て行くということは出来なかった。本当にごめん」
クロエは涙をぬぐった。
「いつ、出て行くの?」
「言わないよ。でも、近々」
「そっか……」
クロエは、最後ぐらい努めて笑顔でいようと思った。
「生きていれば、いつか会えるよね?」
アルベールが辛そうに笑う。
「多分」
「何があったかは知らないけど、絶対に死なないで下さいね」
「……」
遠くから、モイズが戻って来た。
二人は、そうっと距離を取る。
「おう、戻ったぞ。ちょっとごちゃついているが、とりあえず置いておいたから」
「ありがとうございます!」
「さあ、クロエ。こいつに送ってもらいな」
「はい!」
アルベールが先に乗り、クロエがその後ろに乗る。
カルルが飛び立つと、クロエはアルベールの腰に腕を回し、背中からぎゅっと抱き締めた。
アルベールは、自身の腹にあるクロエの手をそっと握った。
クロエをおろすと、アルベールは逃げるように空へ飛び立って行った。
なるべく未練がないようにしているのだろう。クロエはふらふらと歩いて行くと、置き去りになっている椅子に顔をうずめ、叫ぶようにして泣いた。
一週間後。
王都の事業者たちに、王都商工会連合の機関紙が配られていた。
〝ラベイユ〟の事務室では、目の下に隈を作ったライナーがその記事を見つけ、震えていた。
「クロエが、辺境にカフェを開店……だと……!?」
機関紙を顔から下げると、ライナーは久方ぶりに笑顔になった。
「ケーキが大評判……田舎の食材か、なるほど。きっと父エルマーはクロエにだけ食材の仕入れ先を教えていたんだ。きっとそうに違いない!」




