41.あの子のためなら
夕方になると、アルベールは竜に乗ってやって来た。
「屋敷に明かりがついてる。今ならモイズさんは在宅だ」
クロエはアルベールの後ろに乗った。
「行くぞ」
暗い山を飛び立つと、明かりのついた人家のそれぞれの位置がよく分かる。
山の上に、鈍く光る古びた城があった。
(あそこがモイズさんのお屋敷……)
思ったよりも大きい。庭も整備されていて、かつてはこの屋敷の主も貴族らしい栄華を極めたのではないだろうか。
廃校から歩けばかなり遠いが、竜なら早い。すぐに降り立つと、クロエは扉を叩いた。
「モイズさん、いらっしゃいますかー?」
扉はすぐに開いた。
「お?何だよ急に。びっくりしたー!」
「あのう、モイズさんの家にいらない家具が複数あるとお聞きしまして。不躾なお願いなんですけど、いらないものを買い取らせていただけませんか?」
モイズは背後にいるアルベールを見た。
「ああ、こいつから聞いたのか。まあ、あるにはあるけどよ」
「本当ですか!?」
「時間が遅すぎる。二人とも中に入れ」
二人はモイズの屋敷に通された。
男の一人暮らしとは思えない掃除の行き届いた玄関ホールを上がると、応接間に通された。
モイズは燭台に火をともす。
「座ってくれ」
クロエは案内されるまま革張りのソファに座ると、部屋の中を見渡した。思った以上に大邸宅だ。大理石の床、その上には重厚な佇まいのマホガニーのシェルフが並ぶ。部屋を大きく見せるため壁には金縁の大鏡が部屋を映しており、カーテンは淡いピンクのベルベットだ。
(すごい……これが、元貴族の邸宅)
孤児から教会、そして菓子店の二階と廃屋にしか住んだことのないクロエの視界には、見たこともない世界が広がっていた。
「で?どんな家具が欲しいって言うんだ」
クロエは我に返ると言った。
「椅子と、テーブルです。これから廃校を改造して喫茶店を始めようと思っているんです」
「へー。じゃあ、形の揃っているものが複数必要なわけだな?」
「はい。でも家具をそろえるには、新品を揃えると高くつくんです。そんな時、モイズさんの邸宅になら要らない家具があるんじゃないかと猟師さんから聞きまして」
「ああ、なるほどね」
モイズは、何か考え事をするように天井を見上げた。
「使用人の部屋に、古いが丈夫なウォールナットの家具がある。椅子とテーブル、それぞれいくつ必要だ?」
クロエも天井を見上げた。
「テーブルは2~3あればいいですね」
「テーブルひとつにつき椅子は4脚入る」
「では……椅子は12脚?」
「喫茶店が出来るなら、食器も融通してやろうか?」
クロエは目を輝かせた。
「いいんですか!?」
「大昔のものだが、いい食器だ。アンティークを通り越して遺物に近いがな」
「ありがとうございます!」
「ははは。俺も山にカフェがあると楽しいし、協力しよう」
しかし、隣にいるアルベールは浮かない顔をしている。
モイズはちらとそちらに目をやると、クロエに言った。
「現物を見せてやる。まずはどんなものがあるか確認してくれ」
三人は応接間を出ると、また階段を下る。
地下に入ると、更に奥に古びた扉があった。
「ここが使用人たちの食堂だ」
開けると、中は時が止まったような不思議な光景が広がっていた。
奥に、テーブルが三つ並んでいる。かつて使用人たちがここで食事をしていたのだろうか。
「あのテーブルはどうだ?豪華すぎず、使いやすいんじゃないのか」
「ああ、ちょうどいいですね。テーブルクロスをかけるつもりですし、そこまできれいじゃなくていいんです」
「よし、あれを運び出すか。あとは……食器が必要だな。次の場所へ向かうぞ」
その部屋を出ると、三人は古びた厨房の中に入った。
戸棚の中に、色とりどりの食器がぎっしり並んでいる。
「わあああ……きれい」
「これももう、俺には用無しのものだ。男たちで家具を運び出しておくから、その間にクロエは食器を選んでいてくれ」
「分かりました」
クロエは戸棚から食器を取り出した。華美なものからシンプルなものまで、何種類か揃いの食器がありそうだ。
「どれがいいかな。ワクワクする……!」
一方、男たちは外へ家具を運び出していた。
玄関にウォールナット材のテーブルを置いてから、モイズは声を潜めて話し始める。
「アルベール様」
アルベールは、その呼びかけに顔を上げた。
「なぜクロエに山での営業を許可したのです?私はあなたを匿いお守りするために、我がギヴァルシュ家の財産である山を全て売りました。喫茶店をあの山で始められると、いずれあなたが見つかってしまうのでは……」
アルベールは静かに笑うと、諦めたようにこう答える。
「俺が見つかるのはもう時間の問題だよ、モイズ。彼女に山を譲渡し、俺はここを離れる」
「……!」
「俺が来た頃より、ブレニッツは繫栄した。他の山も商業活動が盛んになって来ている。山にどんどん人が入り込んでいるんだ。ここはもう、隠れ里としては使えない」
モイズは苦し気にうめいた。
「見つかったら、殺されますよ。既に陛下とそのご兄弟は処刑され、もはや世継ぎはあなたしか……」
「だからこそだ、モイズ」
「は?」
アルベールは快く笑った。
「俺は、クロエがコミュニティから排除されて、それでも立ち直って、自分のやりたいことをしている姿を見て勇気をもらったんだ。俺は俺のやりたいように、最期まで抗うよ」
モイズの顔が、みるみる曇って行く。
「それって、どういうことですか……?」
「俺は命が尽きるまで、ずっと逃げ続ける。だからモイズ、そして彼女に迷惑が掛からない内に、俺は山を下りて逃亡生活に入ろうと思う」
「アルベール様……」
「俺の帰る国は無くなったんだ。帰ろうとすると、殺されるか幽閉されるかの二択しかない。俺の人生はそこで終了だ。カルルはモイズに譲るよ。若い頃は竜騎士兵だったんだろう?」
「……」
モイズは悲しみに震え──それを通り越し、怒りに震えた。
「どこへ逃亡すると言うんです?」
「どこかへ」
「考え直して下さい。クロエだって、悲しみます」
「あの子は強いよ。俺が消えても大丈夫。うまくやるさ」
「いいえ……!そんなはず──」
遠くから、燭台の火が近づいて来る。男たちは話を取りやめた。
クロエが顔を輝かせて言う。
「モイズさん!譲っていただきたい食器を見繕いました。ちょっと確認して貰っていいですか?」




