40.商工会の機関紙
それからというもの、アルベールは本当に業務上のことしか話さなくなった。
クロエは彼にケーキの入ったカゴを渡す。
「よろしくお願いします」
「……」
「あのっ、あと、これ」
クロエはクッキーを取り出した。
「試作品なんです。よかったら、食べて下さい」
アルベールは頷くと、クロエの顔を見ないようにしてクッキーを受け取り、ポケットにしまい込んだ。
クロエはいちいち傷ついたが、それは向こうも同じなのだろうと思って顔には出さないようにした。
飛び去る竜を見つめていると──入れ違うようにして、クロエは向こうから新たな竜が来るのを見た。
赤い竜だ。
「……何だろう?」
よく見ると、それに乗っているのはシリルと見知らぬ女性だった。
見知らぬ赤い竜が廃校の前に降り立つ。
「おう、クロエおはよう!」
シリルは慣れない様子で竜から降りて来た。竜を操縦してきた女性がするりと降りて来て言う。
「初めまして。私は王都商工会連合会のタイス。本日は、商工会の機関紙の取材に参りました」
シリルが説明を加える。
「王都商工会連合会はね、国中の商工会を束ねる機関だ。そこが発行する機関紙で、クロエのカフェの記事を取り上げたいそうなんだ」
「まあ!そうなんですね」
「タイスさんは世界中を飛び回って様々な国の商会と渡り合って来た記者だ。是非、取材を受けて貰えないかな?いい宣伝になると思うよ」
「もちろん、お受けいたします!」
クロエはケーキのついでに焼いていた試作品のクッキーを取り出した。
「よろしければ取材がてら、お菓子でも」
「いいんですか?」
「紅茶も淹れますね!」
クロエはテーブルと椅子を引っ張り出して来ると、庭先に並べた。
皿にクッキーを乗せ、テーブルに茶器を並べる。
タイスはその粗末な食器類を見て、色々と察したように言った。
「まだ、カフェとしては駆け出しといったところでしょうか……」
「そうなんです。今は卸先のブレニッツでパウンドケーキが大人気になってしまったので、そっちの販売をメインとしています」
「山奥ですし、お客さんもあまりいない感じですね?」
「はい。どちらかというと、ここは商売目的というより近隣の皆様の憩いの場としてやらせてもらってます」
「では、パウンドケーキについてうかがいます。大売れの理由は何でしょうか?」
クロエは、その質問にすぐには答えられず、考え込んだ。
「うーん。やはり美味しさかと……」
「美味しさの秘訣は?」
「そうですね。やはり、こういった自然に溢れている場所で作っているからじゃないですかね。王都ではお菓子の材料を運ぶまでに時間がかかって、素材の鮮度が失われがちというのは……あると思います」
「なるほど。田舎ならではの、材料の鮮度が美味しさの秘密なんですね?」
「あっ、そういうことです」
さすがはプロのライター。クロエの言いたいことを、いい感じにまとめてくれた。
「この〝山奥カフェ〟のケーキのファンの皆様に、何かメッセージはありますか?」
ファン?と驚くクロエに、シリルが助け舟を出す。
「私がファン代表だ。ほら、私に言ってごらんなさい」
確かに、シリルは宿屋のカフェタイムの常連である。
クロエはそれでようやく言葉が湧いて来ると、彼に向かって言った。
「辛い時、悲しい時、いつだってお菓子は心を満たしてくれます。誰かと繋がりたい時も、お菓子が味方をしてくれます。だからいろんな節目に、いつでもうちのお菓子を食べに来て下さいね」
タイスは笑顔で頷いた。
「では、記事になったら機関紙をお届けに上がりますね」
「楽しみです!」
シリルとタイスは赤い竜に乗り込んだ。
タイスは手帳をしまうと、上空を見上げシリルに尋ねた。
「……シリルさん」
「何でしょう?」
「さっきすれ違った青い竜ですが、あれに乗っていた青年はどなたですか?」
シリルは答えた。
「名前は知らないが、昔からここに住んでいる青年だよ」
「あの竜は、亡国ネマラートの固有種の竜ですよ。ネマラートの竜は他種より賢く、大変希少で周辺王族しか買えないお値段ですから、普通の市民が持っているのはおかしいです」
「へー、そうなんですか?いや、私には何とも……」
「あの青年、怪しいですよ。警戒した方がいい」
赤い竜は他にも行く場所があるらしく、別の山に降り立って行った。
クロエは再びケーキ作りに向かい合う。
「さてと……ケーキの続きをしなくっちゃ」
それからというもの、彼女はすっかり機関紙のことは忘れてケーキ作りに没頭した。
クロエは最近、この廃校をどうにかカフェに転用できないか画策中なのだ。
模様替えや掃除をしながら、カフェのイメージを作って行く。
「黒板には布をかけて……カーテンも新調したいわ、レース地で」
アルベールの言葉を思い出す。
「やっぱり、モイズさんに声をかけてみようかな」
クロエはアルベールが来るのを待つ。モイズのところまで運んでもらおうと思ったのだ。
昼過ぎに、アルベールはやって来た。
彼は黙って売上金をクロエに渡す。クロエはその沈黙を受け流して言った。
「あの……運賃を支払いますので、モイズさんのいるところまで運んで欲しいんです」
今日初めて、アルベールと目が合った。
「モイズさんのいるところって、放牧場所の方?それともお屋敷の方?」
「お屋敷の方です」
「モイズさんに会うなら、夕方だな。日のある内は放牧してる」
「じゃあ、夕方にここに来て貰ってもいいですか?」
「分かった」
アルベールはケーキを受け取ると、また飛んで行く。
少しだけしか話せなかったが、今のクロエにはそれだけでも嬉しかった。




