37.彷徨う恋心
ぎこちない食事が終わると、新しいケーキをアルベールに預け、クロエは飛んで行く竜を見送る。
皿を洗いながら、ぐるぐると先程のことを思い出した。
(どういう意味?)
夜になっても、ぐるぐると昼間のことを思い出していた。
(どういう意味?)(どういう意味?)(どういう……)
そして今更になって、数日前までアルベールの背中に平然とくっついて竜に乗っていた自分に気がつき、叫び出しそうになる。
(な、なんか恥ずかしい……!)
しかも、よく考えたら──
──アルベールはちゃんと私の将来のことも含めて話をしてくれるし、利益を外して私を見てくれる──
などと、アルベールにとうとうと語っていたりもした。
(私こそ、どういう意味でそんなこと言ってたの!?)
アルベールこそ、今までかなり多量の「どういう意味?」をクロエから浴びせ掛けられていたに違いない。
そこまで気づいてしまうと小っ恥ずかしくて、もう普通の顔をして会える気がしなかった。とはいえ、
(でも、一緒に食事をしたいのは本当だし……)
自分に芽生えた気持ちをことさら否定するのも、何か違う気がするクロエだった。
(ここは、変に深掘りしない方がいいわ。そう、自然体で……私はアルベールと一緒に食事がしたいだけ)
だが、こうも考える。
(なんであの人、私にだけ名前を教えてくれたんだろう……?)
またまた「どういう意味?」案件にぶち当たり、クロエはやはりその場でバタバタと足踏みするしかないのだった。
次の日。
寝ぼけ眼でケーキを作っていると、竜が降りて来る音がした。
クロエの背中にぞわぞわとした緊張が走る。そうっと振り返ると、あのアルベールがやって来た。
「もう焼けた?」
「はい!準備は出来てます」
クロエはなるべく自然体を装い、彼に籠を渡す。
その手をじっと見つめている自分に気づき、クロエは心底参った。
すると。
「……大丈夫?」
頭上から声が降って来て、クロエはぎょっとした。
今度はやたら彼との身長差を気にし始めた自分にショックを受け、更にくたくたになる。
「あっ、大丈夫です……」
「ずいぶん疲れた顔してるぞ。いくらか収入もあるだろうし、早くベッドを買った方がいい」
どうやら心配されているようだ。
「そうですね」
「町まで一緒に行こうか?今日は、このあと誰かを乗せる予定はないんだ」
思わぬ展開になって、クロエは眩暈がした。
「えっ、今からですか?」
「体調が心配だよ。顔色も悪いし」
確かに、今後もっと忙しくなるならば、体調管理も徹底しなくてはならないだろう。
「じゃあ、……ベッド買っちゃおうかな」
「ブレニッツに大工の組合がある。そこで作ってもらえるぞ」
クロエは、久々に竜に乗ることにした。
アルベールが先に乗る。少しためらったが、何とか背後に回り込んだ。
ちょっと体を放しておく。
「どうした?妙に体が反ってるようだが」
と尋ねられ、クロエは唇を噛んだ。
「き、気のせいですよ……」
「じゃあ、飛ぶぞ」
竜が宙に舞うと結局クロエはまともに風を受けてしまい、結局アルベールの背中に額をつけるのだった。
大工の工房に着くと、クロエは一番小型のベッドを注文した。
七日後に納品されるらしい。
「さてと、次は宿屋に行かなきゃ」
アルベールと別れ、ケーキを持って宿屋に搬入する。
「おはようございます!ケーキをお持ちしました」
帳簿をつけていたコレットは、待ちわびていたように立ち上がった。
「あら、何だか久しぶりね」
「今日は家具を買うついでに、色々ケーキの材料も仕入れようと思いまして。ところで……評判はいかがですか?」
「毎日完売、大好評だよ。すごい売れ行きだ」
「そうですか……、よかった。ちょっとご相談なのですが、高価でとても美味しい材料を仕入れましたので、次からはもっと値上げしてもいいですか?」
コレットは何度も頷いた。
「ああ、構わないよ。カフェタイムが都会からのお客さんばかりになって来たんだ。500デニーまでなら値上げしても大丈夫だと思うよ」
「本当ですか……!?」
「それでさ、これはちょっと忠告なんだけど……やっぱり商工会に入った方がいいよ」
「?なぜですか?」
コレットは人差し指を立てる。
「まずひとつは、町から助成金が受けられる。法律相談にも乗ってくれるし、宣伝もしてくれる。今の売り上げなら、年会費を考えると入った方がお得なんだ」
「へー」
「もうひとつは、稼ぎ過ぎたクロエの立場を守るためだ」
「どういうことですか?」
コレットは少し声のトーンを落とした。
「商売というのは嫉妬や足の引っ張り合いがつきものなのさ。クロエが特定の農場から高く材料を仕入れたりするとその農場が攻撃されたり、クロエが稼ぎすぎると税務署へチクられたり、あることないことおかしな噂を立てられたりする。商工会はそういったトラブルの対応も担っているんだよ」
確かに、クロエには何の後ろ盾もないのだった。
おかしな方向から突如攻撃されるのは、ライナーの件で経験済みだ。あの時は偶然山にアルベールがいたから助かったが、また似たようなことが起これば、クロエはひとたまりもないだろう。
「うーん、確かに」
「実は、私も昔商工会に入っていたおかげで、別の町の宿からの嫌がらせに警察が対応してくれたことがあった。女一人の商売は男から嫉妬されやすくて、何かと邪魔が入る。味方は多い方がいいよ」
コレットは自身の体験から話しているようだ。クロエも、女ひとりの商売が大変であることは前例もあり、想像しやすかった。
「……これを機に入っておいた方がいいですね」
「商工会は役所の隣にあるよ。行っておいで」




