36.知りたいこと
エルマーは山の誰かと交流することで、ラベイユの道を拓いたのだ。
ということは、その真似をすれば。
(……私もひとかどになれるかもしれない!)
山に籠っている人々だからこそ、なかなか自由に動けないからこそ、彼らは何かに熱中してひとつの作物を最高峰に引き上げたのだ。
(私が町より山に住みたくなったのは、きっとそういう予感があったからなのよ)
クロエは言った。
「この前、アンナさんもうちに来てくれたんですよ」
クリストフとアルベールは驚愕した。
「えっ!?」
「この前ギヴァルシュを差し上げたら、もっと欲しいとのことで」
「へー。あのアンナがわざわざ人に話しかけに行くなんて、よっぽど美味しかったんだな」
「奇跡に近いな。俺もほとんど話したことないもん」
彼らからしても、アンナはレアキャラらしい。
アルベールが言った。
「クロエのお菓子は、どんどん人を寄せるな。不思議なことに」
クリストフが言う。
「俺なんて、文句言いに来ちゃったもん」
クロエは廃校を振り返った。
「この中を改装して、喫茶店にするのはどうかしら?」
「しょうもない机と椅子しかないのに?」
「買って来ればいいわよ」
「……運ぶのは誰なんだよ」
クロエは夢想した。
窓にはいつも、新緑の景色。
天井からはランタンをたくさんぶら下げる。
テーブルには赤いギンガムチェックのクロスをかけ、山で摘んだ季節の花を活ける。
可愛らしい模様の食器にケーキを乗せ、生クリームを添える。
給仕するクロエは、白いレースのエプロンを着て──
「うふふ……夢が広がる……」
クロエは新緑の香りと共に夢の息吹を吸い込んだ。
「色々買う前に、まずモイズさんに聞いてみたらどうだ?」
アルベールの声で、クロエは我に返った。
「……え?」
「モイズさんはまだ大邸宅に住んでるからなぁ。一人暮らしだし、いらない家具をかなり所有しているはずだ」
「えー!そうなんですか!?」
確か没落したと聞いていたが、腐っても元貴族。モイズはまだ大きな家に住んでいるらしい。
「竜で飛ぶと分かる。この辺で一番高い山の頂上に邸宅があるんだ」
「へー」
「もしかしたら、もう使わない見栄えのいい家具を融通してくれるかもしれない」
「そうですね。また行き会ったら聞いてみます」
危険から身を隠すための山暮らしも、知り合いが増えるごとに安心できる場所に変わって行く。
(ラベイユを辞めさせられた時はどうしようかと思ったけど、今になって見ると、あれはあれでよかったのかもしれない)
思えば、ケーキを焼けば焼くほど、ライナーのことを思い出すことはほぼなくなっていた。
お金は順調に貯まって来ている。
(クリストフさんの卵も使いたいし、もっと値上げしても大丈夫そうかな。また町へ行って、値段の交渉をしなくっちゃ)
隣でクリストフが立ち上がった。
「さてと。残りの紅茶ケーキは貰って行くぜ」
「どうぞどうぞ」
「よし。今度から、あんたのパウンドケーキ一本と、俺の卵を1パック交換してやろう」
「よろしくお願いします!」
「ところで……もっと別のお菓子は作れるか?クッキーとか、スフレとか……」
アルベールが、隣でこらえ切れずに笑う。
「クリストフさん、そんなにお菓子好きだったっけ?」
「俺のスイーツ愛を舐めるなよ!港町のカフェには全部行ったぜ」
「へー、そう……」
「これで行きつけが近隣に一軒出来たな。また来るぜ、ははは」
そう言うと、クリストフは残りのパウンドケーキをひっさげ、ほくほく顔で去って行った。
アルベールは、ごろんと草の上に横になる。
「はー、疲れた」
クロエは転がるアルベールを見下ろした。
「一緒に、お昼でもどうですか?」
彼はくつくつと笑う。
「いいの?じゃあ、お言葉に甘えようかな」
クロエは早速、クリストフから貰った卵でオムレツを作る。
フライパンで、薄い半生の卵を焼いてはくるくると丸めて行く。
ベーコンを炒めると、オレンジ果汁と合わせて煮詰め、オレンジのソースを作る。
それをオムレツにとろりとかけた。
固パンをスライスし、何枚か添える。
紅茶も用意した。
「今度は、ランチメニューです」
クロエが室内のテーブルにそれを置くと、アルベールが開け放した扉から入って来た。
「俺は何も持ち合わせていないけど」
「じゃあ、次のケーキはタダで運んでもらおうかな」
二人は向かい合って座ると、曲がったナイフとフォークで食べ始める。
「やっぱり、クロエは何を作らせても上手いな」
「ありがとうございます」
「そうだ、また肉を持ってくるよ。今、鹿肉の血抜きの最中なんだ」
「そうしたら、また一緒に食べられますね!」
クロエが何の気なしに発した言葉に、アルベールは少し気後れしたように押し黙る。
「?どうかなさったんですか?」
「……いや、それどういう意味で言ってるのかなって」
今度はクロエの方が赤くなった。
「あっ、ご迷惑でしたか?すみません」
「……」
「でも、一緒に食べたいのは本当ですよ……!?」
そう言いながら、クロエも急に混乱し始めた。
(どういう意味で、って……何で急にそんなこと聞くのかしら?)
クリストフとの会話が少女の脳裏をよぎる。
──あの不愛想の極みみたいな猟師が、あんたの前じゃいつも──
クロエはどきりとした。
(もうっ!クリストフさんが変なこと言うから……)
すると、アルベールは赤くなったクロエの顔をちょっと覗き込んで
「なら、よかった。俺も一緒に食べたかったから」
などと言う。
クロエはぽかんと口を開けた。
(……え?そっちこそ、どういう意味!?)




