35.後方彼氏面
空から青い竜がやって来た。
クリストフがからかう。
「お、彼氏のお出ましか?」
するとクロエは掴みかからんばかりに否定した。
「!? そ、そんな間柄じゃありません!」
「そうなの?だって、あの不愛想の極みみたいな猟師が、あんたの前じゃいつもニコニコしてるだろ。こっちからすると、そうとしか思えないがなぁ」
「!」
クロエが慌てふためき、心の準備を出来ないところに、ふわりと竜が着地した。
アルベールが降りて来る。
「あれ?クロエ……と、クリストフのおっさん!?珍しい取り合わせだな」
「噂をすれば、何とやらだなぁ。クロエ」
クロエは顔を隠すように駆け出して行くと、廃校に入って紅茶のケーキを切り分けた。そして慌てて戻って来る。
「猟師さんの分もありますよ!」
クリストフがアルベールに椅子を譲る。
「おう、ちょうどいいところに来たな。お前もここで一服して行け」
「?何なんだよ、みんなして」
「クロエにケーキを焼いてもらったんだ。お前の分もあるみたいだぞ」
アルベールは怪訝な顔をしながらも、クロエから紅茶のパウンドケーキを受け取った。
「え、貰っていいの?」
「はい!とっても美味しく出来ましたので、是非」
ケーキと飲物があれば、いつでもそこは即席喫茶店になるのだ。
「そうだ。はい、クロエ。まずは売上金」
「ありがとう」
アルベールは売上を渡すと椅子に座る。そしてなんとなくケーキにかぶりついてから、目を見張った。
「!うっま……」
「それ、クリストフさんの養鶏場の卵で作ったの」
「えっ、それでこんなに美味しくなるの?こんなの、王族が食べても……」
そこまで言いかけて、アルベールは続きを濁した。
「なるほど、これがかの名店〝ラベイユ〟の味なんだな?」
「はい!クリストフさんの卵は、その辺の卵とは全然違いますね。黄身が、ほぼ赤色に近いんです」
「それでケーキの断面がこんなに黄色いのか……」
クリストフは、褒め殺されてニヤニヤしている。
「ま、俺の才能にかかればこんなもんさ。ここより美味い卵があったら紹介してほしいぐらいだ」
「ところでクリストフのおっさん。なんでここにいるんだよ?」
「なんかクロエにマズいケーキ食わされたからよぉ、イライラしてここに来ちまったんだ。多分、栄養の足りていない変な卵使ったんじゃないかと思って……。まったく、弟子がこんな雑な菓子作ってたら、天国のエルマーさんが泣くぞ」
やはり、クリストフにもエルマーは慕われていたのだ。エルマーの名前を出して作っているケーキが思った味ではなかったことが、彼には不満だったのだろう。
クロエは尋ねた。
「クリストフさんは、エルマーさんといつどうやって出会ったんですか?」
クリストフは空を見上げながら答えた。
「ここ5年程度の付き合いさ。出会いは偶然だった。港の市場で、俺は海藻を買っていて……エルマーさんは、何か新しい製菓材料がないか探しに来ていたみたいだ。そこでちょっと最近の植民地や輸入食材の話になって、俺が特別な卵を作っていることを打ち明けたら、是非使ってみたいと」
「へー」
「そんで試しにうちの卵を使ってお菓子を作ってみたら、売り上げがすげえ上がったらしくて。それ以降、エルマーさんはここに卵を買いに来ていたんだ」
クリストフはそう言ってから、少し声を震わせた。
「しばらくして、うちが火の車だって知ってから、エルマーさんはわざわざ海藻を買い付けて持って来てくれるようになったんだ。一時は養鶏場をたたもうかと思ったけど、その協力もあって立て直すことが出来た。あの人は、俺の恩人だ。でも、俺が恩を返す前に死んじまって……」
クロエは胸がぎゅっとなった。
エルマーは、誰にでも優しかった。見返りを求めない美しい心を持っていた。その優しさは、クロエのみならず沢山の人に振り分けられていたのだ。
「そこまでするなんて……エルマーさんにとってクリストフさんの卵は、それだけ大事な食材だったんですね」
「へへっ、そうだろうな」
しかしアルベールは、とぼけたように感動話に水を差す。
「そういやクリストフさんは、借金取りから逃れるためにこの山に住み始めたんだよな?」
クリストフはぐっと言葉に詰まる。
「まぁ、そうだけどよ。その話はあとで……」
「本当は大商人だったけど、事業に失敗して借金取りに殺されかけてこの山に逃げて来たんだ。それで養鶏場を始めた。エルマーさんに出会えたから今はいい選択だったと言えるけど、値段はふっかけ過ぎじゃないか?」
「うるせー、お前こそ……どうせ人に言えない秘密があるんだろ!」
「……」
「人に名乗りもしないなんて、もう絶対重犯罪者か何かだろ。その竜もきっと盗品だっ」
クロエは二人の会話を聞きながら、彼女自身も気になっていることがあることに気づいていた。
(アルベールって、結局のところ何者なんだろう?)
どうやらこの山には、逃げたり隠れたりしたい人が集まって来るようだ。
(彼も、クリストフさんも、アンナさんも……となると、これって偶然なのかな?なぜ、モイズさんはそういった〝危険な〟人たちにわざわざ山を売ったんだろう)
一方、クリストフはまるでアルベールに仕返しでもするようにクロエに告げた。
「やっぱこいつは危ない奴だ。こんな男に騙されちゃダメだぞ」
「は、はあ……」
「余計な事言うなよオッサン。もう市場まで乗せないぞ」
「あっ。ごめんごめん!冗談だよ……」
クリストフが即座に謝り、話は終わった。
「ところでクロエ。紅茶なんか仕入れて、ここで喫茶店でも開くつもりか?」
クロエはきょとんとした。
「ここで、喫茶店……?」
「こんな山の中で経営しても、誰も来ないぞ」
アルベールからすると、軽口のつもりだったのだろう。だがクロエには、何かが閃いた。
「そうだ。ここを、山のみんなの憩いの喫茶店にしてもいいかもしれませんね」
「おっ、いいこと言うね〜!」
クリストフは乗り気だ。だが、アルベールはむっと口を尖らせた。
「君の住まいがこういうおっさんで溢れ返るぞ、クロエ。危険だからやめたほうがいい」
「……そうですか?」
クリストフが反論した。
「うっせーな。お前こそ、クロエからしたら危険人物だろ。さっき、お前は彼氏じゃないって聞いたぞ」
「!?」
「それなのに、やたらクロエに近寄って来ては彼氏面しやがってよぉ」
アルベールはみるみる真っ赤になった。クリストフはデリカシーがないが、実のところ、クロエからするとこういう全てを暴いてあけすけにする人物はありがたかった。
クロエは、アルベールの慌てた表情をじっくりと眺める。何かを隠そうとばかりしている彼が感情を表に出すのは、こういったデリカシーのないおじさんと絡んだ時だけなのだ。
アルベールはたじたじになった。
「クロエがそうしたいなら、すればいいけどさ……本っ当に気をつけろよ!」
「ふふっ」
思わず笑ってしまったクロエを見て、彼はますます赤くなった。




