33.卵屋のクリストフ
次の日。
クロエはパウンドケーキを焼き続けていた。アルベールがやって来る。
「出来たか?」
「今のところ、六本」
「じゃあそれを預かるよ。これ、昨日の売り上げ」
クロエはコレットの書いた領収書と共に、売上金を受け取った。
更にアルベールは言う。
「あと、これはコレットさんからの伝言。どうやら税務署員が近々そっちに行くらしい」
クロエは冷や汗をかいた。
「えっ!?」
「評判になったことで目を付けられたようだな。ま、税金をきっちり払えば何もされないよ」
「そうですか……」
「だから、今からでもちゃんと収支を書き残しておくんだぞ。誤魔化せばのちのち脱税とみなされるから要注意な」
確かに商売をして利益を得ていれば、税金の申告が義務付けられるのは当然といえるだろう。
「が、頑張ります……」
「じゃあ、ケーキをもらって行くね」
「よろしくお願いします!」
クロエは飛んで行くカルルを見送ると、井戸に回ってケーキ型を洗浄した。
キッチンに戻り、再びケーキの材料を混ぜて行く。
オーブンに入れ、一息ついていると、再び戸が叩かれた。
見慣れない人影に、クロエは「税務署員かな?」と思う。
そうっと扉を開けると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
「あ、あなたは……この前の!」
「おう。俺は養鶏場のクリストフってもんだ」
彼は先日、養鶏場でギヴァルシュをあげた男だった。彼は薄汚い格好をして、どこかイライラを隠せない様子でクロエに詰め寄った。
「おめえ確か、エルマーさんの弟子だったよな?」
「は、はい……」
「実は昨日、俺はモイズさんからあんたのパウンドケーキを分けて貰ったんだよ」
「!」
「で、ちょっと言いたいんだけどさ……」
男ははっきりと言い放った。
「マズいよ、あれ」
クロエは、頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。
「マ、マズい……?」
「ああ。食感と焼き加減はまあまあ。でも、素材が悪いな」
「!!」
町では大好評のケーキも、クリストフの味覚には刺さらなかったらしい。クロエはお菓子を売り上げ、今まで好評な意見だけしか聞いていなかっただけに、彼の言葉が鋭く胸に突き刺さった。
「そうですか……?確かに、私にはまだエルマーさんほどの腕がないのかもしれませんね」
「……」
「頑張ります!」
「……具体的には?」
「!!」
クロエは急に詰められて、どきどきと緊張し始めた。
「えっ?そうですね。クリストフさんが言うには、素材を研究した方がいいってことですよね」
「そういうわけで……ちょっと交渉と行こうや」
「はい?」
するとクリストフは、やおらリュックから卵のパックを取り出した。
「ここに、うちの養鶏場の卵がある」
クロエは、その卵を見つめてこくこくと頷いた。
「エルマーさんの弟子としてケーキ屋を始めたのなら、その名に恥じないケーキを作るべきなんだ。あんたにその覚悟があるなら、こっちも協力する。この卵を使って、ケーキを焼いてみる気はないか?」
まさかの提案だった。クロエの目が輝き始めた。
(これは……チャンス!)
しかし、クリストフは簡単にこう言った。
「うちの卵は、12個で1000デニーだ」
クロエは頭を抱えた。
「えっ……1000デニー!?」
「あんたのケーキを格上げしてやろうって言うんだ。安い方だろう?」
確かに、ラベイユで使っていたのだからいい卵に違いないのだろうが……
「ちょっと高いですね」
「何だよ、せっかく卵を持って来てやったのに」
「……」
クロエは、じっと考えた。
(確か、アルベールは彼を〝黙って山に引きこもって生きるしか方策がなかった憐れな奴〟と言っていたけれど)
そんなクリストフが、わざわざ遠い山からここまで名乗ってまで来た理由。それは──
クロエは自分のケーキの味には内心自信があったので、あえてこう尋ねた。
「もしかして……。クリストフさん、遠回しに〝うちの卵を使ったパウンドケーキを作ってほしい〟っておっしゃってます?」
クリストフは図星を刺されたように目を見開いた。
「ばっ、ばーか!そんなんじゃねえよ!」
「……」
「ほ、ほら!あんたのケーキは物足りなかったから……!」
「……もしよろしければ、その卵を1パックくださればパウンドケーキをあなたに一本焼いて差し上げますよ。これは町で売れば1500デニーのものですから、物々交換においてそちらも損はしないと思いますが」
「……!」
「どうします?」
クロエに笑顔で詰められると、クリストフはなぜか歯ぎしりをして項垂れた。
それからすぐに顔を上げると、
「そこまで言うならしょうがねえな!今日は卵をサービスしてやってもいいぜ!ほら、とっととケーキを作るんだよ!」
と来る。面倒な男だが、甘味に目のない男のようだ。
(クリストフさん……見た目によらず甘党なのね)
クロエは心の中でひとり、ほくそ笑んだ。




