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32.あの人がいるから

 クロエはかごも買い増し、町を周回しながら、ふたつのかごの中に新たな型や材料、包装紙などを買って詰め込んだ。


 いっぱいの荷物と共にカルルの前で待っていると、アルベールがやって来る。


「あれ?もう帰るの?」

「今から増産態勢に入るんです!これから、またケーキを運んでもらえますか?」

「いいけど……あんまり無理すんなよ」


 二人は竜に乗り込むと、飛びながら話し合った。


「……というわけで、アルベールに売上金を持って来てもらおうと思っているんです」

「その中から往復代金もらっていい?」

「どうぞどうぞ」

「今後は廃校に家具を運びたいんで、家具運びもかなり頼んでしまうと思うのですが……」

「……えぇ?」


 アルベールは困惑の声を上げた。


「本当に山で暮らす気か?町で暮らせよ……せっかくいい取引先が出来たんだし」

「えー?だって、窯のある家賃のない家はあそこぐらいしか見当たらないし……」


 二人は廃校に辿り着いた。


 クロエは荷物をおろしてもらいながら、話の続きをする。


「私、山暮らしがしたいんです」

「何でだよ」

「何でって……」


 クロエはアルベールの瞳を見上げた。


「アルベールがいるから、かな?」


 アルベールは固まった。


「は?」

「コレットさんもいい人だけど、結局ケーキや利益しか見てくれてないもの。アルベールはちゃんと私の将来のことも含めて話をしてくれるし、利益を外して私を見てくれる」

「……」


 アルベールはなぜか真っ赤になって口をおさえている。クロエは続けた。


「それに山の人って、人数が少ない分、すごく人間関係が濃い気がするの。ちゃんと自然や人間に向き合ってる。人が多いところはどうしても、人よりお金のことに話が集中しがちで……ちょっとがっかりするのよね」


 すると、彼はようやくほっと胸を撫で下ろした。


「なんだ、そういう話か……」

「?どういう意味?」

「何でもないっ。……次は、いつごろ来ればいい?」

「正午ごろに来て。今から頑張ってケーキを増産するから」

「分かった」


 アルベールはカルルに乗り込むと、ふわりと飛び去った。


 クロエは大きなかごを二つ引きずるように廃校に入れると、早速オーブンに火を起こす。


「お金が溜まれば、やりたいことが見えて来るはず……」


 クロエは、新しいパウンドケーキを考える。


 今度はオレンジ風味のパウンドケーキと、ドライフルーツのケーキを作ることにした。


 まず、オレンジをしぼってジュースにした。


 これは、美味しく自分で飲む。


 オレンジの皮を刻み、砂糖で煮る。ケーキ生地に入れ込むと少し苦味が和らいで、オレンジケーキの風味がつくのだ。


 卵、小麦粉、牛乳、バターを量ってさっくりと混ぜる。


 ボウルにそれぞれ分けた後、オレンジの皮、ドライフルーツを入れる。プレーンも念のため焼く。


 それぞれパウンド型六つに分けて入れた。


 焼き上がりを待ちながら、クロエはメモを書く。


 全てに1500デニーの値を付けた。


「仕入れは明日でいいか。あと、どのケーキが人気だったかも聞かなくちゃね」


 クロエは手紙を書いておく。


 焼き上がったら冷まして、またかごに入れる。


 正午ごろ、またアルベールがやって来た。


「取りに来たぞ」

「はーい」


 クロエは扉を開けると、売上金を受け取った。


「パウンドケーキは、もう全部売れたらしい」

「え!もう!?」

「焼き上がったか?」

「ここに、六本あるわ」


 アルベールは、香ばしい大きなかごを受け取った。


「すごい売れ行きだな」

「予想以上ね。はい、輸送量」

「まあ、エルマーさんの弟子だから当たり前か」


 アルベールはかごを受け取ると、また慌ただしく空へ飛んで行く。


 クロエに、朝から晩までお菓子を作る毎日が帰って来た。


 彼女はお菓子を作りながら考える。


(もっと、美味しいお菓子が作りたいわ)


 ブレニッツで買うありきたりな食材では、ラベイユと同等のお菓子を作ることは出来ない。


(この山には、エルマーさんも買い求めた、もっと美味しいものがあるはず……)


 蜂蜜がアンナの養蜂所のものであったことは、判明している。


(あとは、あの山の養鶏場の卵……)


 きっと、あれも最高の味に違いない。


 しかし、どうやって彼と仲良くなればいいのかよく分からなかった。


(アンナさんとあのおじさんにギヴァルシュをあげたけど、あのおじさんからの反応はないなぁ)


 かといって見知らぬ男性にあえて近づけば、若い女がどんな目に遭わされるかも分からない。


(アルベールを仲立ちにすれば、どうにかなるかしら……)


 誰かからの信頼を勝ち得ると言うのは、非常に難しい。


 クロエが焼き上がったケーキを型から外していると、戸が叩かれた。


 羊やヤギの鳴き声で、すぐに分かる。


「モイズさんだわ」


 クロエが戸を開けると、モイズがきらきらした笑顔で言う。


「なんだかいい匂いがしたから久々に来てみたぞ。ケーキかクッキーを焼く匂いだな?」

「はい。私、町でお菓子の販売を始めたんです」

「へー!いいねぇ……」


 二人は愛想笑いを浮かべたまま対峙する。


 モイズは笑顔のまま動かない。


 クロエはモイズの圧に負けた。


「……よかったら、持って行きます?」

「へっへっへ。悪いね」


 モイズは悪だくみでもしそうな顔でにやりと笑った。


「2~3切れくれるとありがたいな」

「はい……」


 ご近所づきあいがあるので、無碍に断れない。クロエはパウンドケーキを切って、紙袋に入れた。


「では大サービスで三切れ差し上げます」

「恩に着るよ!」


 放牧のついでに寄ったのだろう。モイズは軽い足取りで山を下って行った。


 クロエは、その背中を見送りながら、


(せっかく商品として焼いたのに、持って行かれちゃったな……)


 などと少し不満に思ったりした。


 この数個のケーキが、クロエの運命を変えるとも知らずに。

 

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