3.驚きの経営方針
葬儀を終え、全員が〝ラベイユ〟に集まる。
これからひとつ屋根の下、この突如現れたライナーの元でクロエたちは働くことになった。
厨房に集い、改めて一同顔を合わせる。
ライナーが口を切った。
「この店舗は、ヴァルテルミの法律通り、俺が継ぐ。ではこれからの経営方針について話す」
ライナーは背中を伸ばすと、ぐるりと四人のパティシエを眺めた。
「まず、一般客への菓子の店頭販売は中止する」
四人の頭に、同時に疑問符が浮かんだ。
「?」
「これから〝ラベイユ〟の菓子は、王族と貴族のみに販売する。単価の低い一般販売を辞め、彼らの御用聞きに徹するのだ」
「????」
ドミニクが口を挟んだ。
「そりゃ急な話だな。なぜそうするのか、聞かせてもらっていいか?」
至極当然の質問であった。しかし、ライナーは途端に眉間へ青筋を立てる。
「聞いていなかったのか?一般販売は単価が低いんだ」
「うん、それは分かったよ。でも、王侯貴族へのお菓子だけで採算は取れるのか?」
「計算上、取れる。むしろ、王侯貴族向けに菓子を降ろした方がもっと儲かる」
「あー。儲かる……ねぇ?」
「何か文句でもあるのか?」
ドミニクは、圧力を感じたのかそのまま黙ってしまった。
ローズが、ひりついた場を和ませるかのように尋ねる。
「そうだわ、まだみんな自己紹介が済んでないんじゃない?私はローズ。パティシエーヌよ、よろしくね。ところでライナーさん、あなたの経歴を知りたいのだけれど」
ライナーは簡潔に答えた。
「その点は安心しろ。俺も、別の菓子店でパティシエとして修業を積んで来た身だ」
確かにそれは安心材料であった。四人の従業員たちは少しばかり安堵する。
ローズは言った。
「なら、話が早いわ。あなたもお菓子を作る喜びを知っているということね?」
「もちろんだ」
「その上で、一般販売の中止を決めた……と。でも──例えば、市民の誰かさんの誕生日ケーキとか、出産のお祝いとか、お祭りに出店するお菓子とか、ウェディングケーキ──そういったものは」
ライナーは即答した。
「販売中止だ」
「うーん。ライナーさんは、それを中止にしたら街のみんなが悲しむとは思わない?」
するとライナーはどん!と作業台を拳で叩いた。
「父の残した店を発展させようというのが、そんなに気に食わないのか?」
クロエはびくりと身を震わせた。
誰も、そんなことは言っていない。
(ライナーさん……人を勘繰っちゃう癖があるのかな?なぜかすぐ、全てを悪い方へ決めつけてしまうみたい)
たまに客にもこのような人間がいる。自分の解釈から外れた人間を、全て悪者としてしまうのだ。
ローズも、気まずそうに黙ってしまう。
この場で一番の年長者、ブリスが割って入った。
「待て待て、ライナー。ローズは君を責めているわけではない。一般販売を辞めたら市民が悲しむのではないか?と疑問を呈しただけだ」
一瞬、ライナーの圧力が弱まる。
クロエは
(どうやら彼は、年上の言うことは一応聞くみたい)
と考察した。
しかしライナーは、尚も反論した。
「市民がどう思おうが関係ない。俺の夢は、父が残したこの店をもっと大きくしたいという一点のみだ。お前たちも、自分の給料を上げたいと思わないのか?」
ブリスはそれに対し、あえて笑顔で言う。
「ま、そりゃあ金は欲しいさ。だけど、俺は誰かをがっかりさせてまで金を欲しいとは思わない。やっぱり、俺たちはお菓子作りで地域に貢献して来たっていう思いがある。孤児だったから尚更だ」
四人はうんうんと頷き合った。クロエも、同じ思いだった。
(そうよそうよ。新郎新婦が私の作ったウェディングケーキで喜んでくれたあの日……私、お菓子職人として、すっごく幸せな瞬間だった)
するとライナーはすぐに不機嫌になった。
そして
「かっこつけんなよ」
とブリスに吐き捨てる。クロエの心はずきりと痛んだ。
(!?そんな……ひどい)
それはブリスも同様だったようで、少し困惑の顔になる。
「いや、かっこつけてるかな?そう思っただけで……」
「黙っていれば、さっきからお前ら何なんだよ。思っただけ、思っただけって」
「うーん……思うって、つまりは思いがあるってことだよ。街なかのパティシエの矜持というのかな」
「矜持で金が稼げるか?」
「……?えーっと……」
クロエはどきどきと胸を鳴らす。
(このままでは、この店はお菓子で貴族からお金を巻き上げるだけの工場になってしまう)
ライナーの言い分も分からなくはない。が、店を営むという行為は、お金を稼ぐだけが全てではない。地域に貢献したり、人々の縁を繋ぐ大切な役目がある。
クロエも、黙ってはいられなかった。
「あのっ」
全員の視線が、クロエに注がれる。
「ライナーさん。私たちは、お金を稼ぐためだけにお菓子を作っているわけではないんです。人を喜ばせるために作るのも、私たちにとって大きな見返りなんです。お菓子を提供することは、孤児だった私たちが街の一員になれたみたいで、嬉しい瞬間なんです。だから細かいお菓子を売りたくないというのは……採算上はしかたないとしても、せめて誕生日ケーキやウェディングケーキだけは市民の皆さんにも販売出来るように──」
他の三人のパティシエも頷き合った。それを見るや、
「うん。言いたいことはよく分かったよ」
ライナーはそう言って、肩をすくめてみせる。
「じゃあライナーさん、店頭販売を──!」
クロエが一瞬浮ついた、その時だった。
ライナーは全く表情を変えず、彼女にこう通告したのだ。
「お前はクビだ」
クロエの表情は凍りつく。
突如降って湧いた解雇通告。
三人のパティシエたちは、ごくりと息を呑んだ。




