2.エルマーの死
店頭には店員がいたが、みな販売の方に忙しくてエルマーが倒れた事には気づかなかったらしい。
クロエが医師を呼びに行き、店員みんなで手分けして看護をしたが、エルマーの命が戻って来ることはなかった。
まだ53歳だった。
医師によると、外傷や毒殺の可能性は極めて低く、腰の痛みを訴えたあとに死亡していることから、働き過ぎによって血管の詰まったことによる突然死の可能性が高いということだった。
「ううっ、店長……」
二階の居住スペースに遺体を横たえ、従業員たちは涙を流す。
クロエは、パティシエとして共に働いていたみんなの顔を眺める。
(ローズ、ブリス、ドミニク……みんな辛いよね)
全員クロエと同じ孤児であり、孤児院からエルマーに拾い上げられた者だ。ブリスは25歳、ドミニクとローズは共に20歳、最年少のクロエは18際。歳は違えどひとつ屋根の下で寝食を共にし、全員住み込みで仲良く働いていた。
みな生まれつき肉親がいないゆえ、店主を失った悲しみはより深い。
ローズが問う。
「これから私たち、どうすればいいのかしら?」
ドミニクが言う。
「この店なら、俺たちだけでも回せるんじゃないか?エルマーさんの仕事といえば、帳簿をつけることと材料の仕入れだけだったからな。その役割が出来る人間を俺たちで雇えば……」
一番の年長者であるブリスがそこに割って入った。
「待て。実は今、馴染みの税務署員にエルマーさんの身辺状況を調べて貰っている。どうやら店長には、息子がいたらしいんだ」
クロエを含め、従業員は衝撃を受けた。
「えっ!?息子さん……?」
「店長は、大昔に一度だけ婚姻歴があったらしい。しかしなぜか離婚して、それ以降、そのことは特に口外していなかったみたいだ」
「なぜかしら……」
「分からない。でも、店長は決して悪い人間ではない。何かのっぴきならない事情があったはずだ」
誰しも、人には言えない事情があったりする。エルマーにも、それがあったというわけなのだろう。
クロエはしかし、その話に少し希望が湧いた。
「息子さんがいるなら、この店の跡を継いでくれるかもしれないわ。仕入れや帳簿をその息子さんに任せれば、どうにかなるかも」
クロエの言葉に、四人は頷き合った。
「そうだな。ヴァルテルミの法律では第一子に相続権がある。その息子とやらがこの店を相続するかどうか──は分からないが、どちらにせよ俺たちは雇われている立場だ。息子の出方を待つしかない」
「……継いでくれるかしら?」
「早くそのあたりを話し合っておきたいよな」
「話がまとまるまで、お店はお休みにしましょう」
「ああ……まずは、葬儀を執り行わなくては」
細かい事情は分からないが、エルマーに息子がいたという事実は、どこかみんなの気持ちを落ち着かせた。
「現在、ご家族に連絡を取っている。こちらに来るまでには少し時間がかかるかもしれない」
「とりあえず、今日まで入っている予約注文品のお届けは継続。店頭販売は中止にするしかないな」
クロエは上の空で考える。
(店長の息子さん……かぁ。どんな人なんだろう?)
三日後、聖母教会にて。
エルマーの葬儀には多くの参列者が駆けつけた。
喪服のクロエは郵便屋からたくさんの葬儀用祈祷カードを受け取る。中には、国王オディロンからのカードもあった。
従業員たちは、気もそぞろにエルマーの息子を探す。
辻馬車に乗って、彼は降りて来た。
年齢は、20代後半といったところだろうか。燃えるような赤い髪に、涼しげな青い目を持っている。
年長者のブリスに話しかけられると、彼は言った。
「私がエルマーの息子、ライナーです」
そして役所から受け取ったエルマーの死亡通知をブリスに差し向ける。
ブリスが従業員たちに言う。
「間違いない。彼が店長の息子、ライナーだ」
ライナーはどこか憮然と、しかしどこか不安そうに従業員四人の顔をそれぞれ眺めた。
「ここまで準備をしていただいて申し訳ない。本来ならこちらが準備するところを……」
「いえいえ。エルマーさんにはお世話になりましたし、急だったから……」
クロエはそのやりとりを見つめながら、
(この人が、次の店長になるのかな……?)
などと、どこか他人事のように考えていた。
滞りなく葬儀のミサを終え、棺を教会裏手の墓地に埋める。
最後のお別れに、クロエは泣きながら棺の上に花を手向けた。
土が被せられる時、彼女は少し気になって、ちらりと横目でライナーの顔を見た。
ライナーは泣きもせず、まったく現実感のない表情で土に埋められる父親の棺を眺めている。
クロエはちょっと不安になった。
(大丈夫かな……)
きっと父親と長いこと離れていて、彼には死の実感が湧かないのだろう。そう思おうとしたが、何かが引っかかる。
最後に息子のライナーが墓石を乗せ、花輪を手向けた。
これにて埋葬は終了した。
人々が解散して行く中、ライナーはふとクロエを見つけると、すぐさま近寄って来てこう言った。
「お前、〝ラベイユ〟の従業員か?」
彼は先ほどブリスと話した口調とはうって変わって、なぜかクロエには不遜な物言いをする。彼女は少し警戒した。が、波風を立てるのは嫌だったので、従業員らしく全てを受け流しつつ頷いた。
「はい。そうです」
「先に言っておく。今日から俺が〝ラベイユ〟の主だ」
「は、はあ……」
「これから今後の〝ラベイユ〟の経営方針について話し合う。ぼーっとしてないで、俺について来い」
クロエはちょっとカチンと来た。
(何で私、いきなり従者扱いされたの?)
年長者のブリスとは、ずいぶん扱いが違うように思った。
(それに私……名前を尋ねられていないわ。この中で、一番年下だからなの?)
18歳のクロエは、ライナーからするとまだまだヒヨッコに見えたのかもしれない。しかし12歳から菓子職人として修行の道に入っていた彼女には、一応ウェディングケーキを任されるほどのキャリアがある。
ないがしろにされるいわれはない。
(なんだかライナーさんって、エルマーさんとは似ていない。エルマーさんは子どもでも誰でも平等に接してくれる、とても優しい人だったのに)
彼らが親子であるという事実は、クロエにはちょっと信じられなかった。容姿も、かつて黒髪黒目だったエルマーの容姿とは似ていない気がする。
クロエは胸にもやもやを抱えたまま、言われた通りライナーについて行った。




