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王都を追い出されたので山奥カフェ始めます!〜ようこそ、全ての人の夢を叶える小さなカフェへ〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!


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1.私の愛するお菓子

 ヴァルテルミ王国の王都、アルバレイズの片隅で。


 長い戦乱の時代は終わった。王都には人が溢れ、民衆はめいめいに着飾り、大衆文化が花開いていた。


 王都の外れにある、三階建ての洋菓子店〝ラベイユ〟。


 その正面入り口には、甘味を求める人々が長い列を成していた。


 その店の更に奥──キッチンでは、パティシエーヌの少女・クロエが集中して、店長エルマーの指導のもとウェディングケーキを作っていた。


 まずは飴細工で、じっくりと新郎新婦を模した人形を作って行く。


 少しでも手元がズレたらやり直さなければならない繊細な作業だ。


 それが終わると、焼き上がりから冷ましておいた蜂蜜風味のケーキ生地をくるくると回しながら、パテで水色の着色料を混ぜた生クリームを乗せていく。


 更に白い生クリームと銀色のアラザンでレースのような模様を描くと、最後に飴細工の人形を二体乗せる。


 白い生クリームと人形が乗った、可愛らしい水色のウェディングケーキが完成した。


「で、出来た……!どうですか?エルマーさん!」


 クロエの向かい側で、初老の店長・エルマーが微笑む。


「よくやったクロエ。完璧だ」


 クロエは飛び上がりこそしなかったものの、踊り子のようにつま先立ちで喜んだ。


「もう私が教えることは何もない。素晴らしい出来だ。さあ、早いところケーキを届けてあげなさい。聖母教会で、新郎新婦が待っている」

「はいっ」


 クロエは真っ白な紙の箱にケーキを入れると、それを籠へしまった。


 そして厨房から出ると、ようやく汗ばんだ頭から頭巾を取る。


 甘い香りと共に、ふんわりと銀色の髪が彼女の肩に滑り落ちた。


 エルマーは弟子の作業を見届けて椅子に座り込むと、「いてて」と声を出す。


「店長、大丈夫ですか?」

「ああ、最近腰が痛くてね。……私のことはいいから、早く」

「は、はいっ。行ってまいります!」


 クロエは急いでコックコートを脱いで、籠をぶらさげ店を出る。


 このケーキは新郎新婦の一生の思い出になるから、安全に運搬しなければならない。移動に揺れの多い馬は使えないのでクロエは大切そうに籠を抱え、街の人ごみの中に流されて行った。


 今日もアルバレイズは活況だ。物売りが通りにひしめき、人々は美食に酔いしれ、商店街には笑顔が溢れている。そこを小走りに抜けて、クロエは丘の上の聖母教会を目指した。


 足で行くにはちょっと遠い距離なので、次第に汗ばんでくる。


 あえぐように顎を上げたそんな時、青空を飛竜が数匹横切って行った。


 竜は、王侯貴族しか飼えない最速の移動手段だ。馬よりも貴重な動物なので、庶民の憧れの的なのだ。


 クロエは人込みを歩きながら、ひとりごちた。


「あー……、うちの店も竜で配達出来たらいいのになぁ」




 王都の中心街を外れて丘を上ると、目的地の聖母教会が見えて来る。


 教会では、ちょうど結婚式が執り行われている最中だった。


 教会の扉は開いており、赤い絨毯が敷かれている。その上を、新郎新婦の親族がぞろぞろと歩いて出て来たのが見えた。最後に新郎と花束を抱えた新婦が現れると、親族らは二人の門出に大きな拍手を送った。幸福に包まれたその光景は、クロエの目にキラキラと眩しく焼き付いて行く。


「ああ……素敵」


 クロエは微笑ましく目を細め、教会横の裏庭に足を踏み入れた。


 既にテーブルの白いクロスの上に銀食器が並べられ、ガーデンパーティの準備が整っている。


 クロエはケーキの入った籠をそっとテーブルの上に置いた。


 するとそこに、馴染みのシスターが駆け寄って来る。


「あらっ、クロエ。クロエじゃないの?」


 クロエは老いた修道女にぺこりと頭を下げた。


 この老女こそ、この聖母教会の修道長・エメである。


「エメ先生、お久しぶりです。こちらの、ウェディングケーキをお届けに上がりました」

「ああ、やっぱりクロエなのね?うちの孤児院を出てからも、元気にやっていて何よりだわ。エルマーさんは元気?」

「はい。でも、最近腰痛がひどいみたいで……」

「そう、立ち仕事で辛いのね。エルマーさんは幼いクロエのほか、孤児をたくさん引き取って職人として育てて下さる素晴らしい方だもの。あなたたち、恩返しにたくさん助けてあげなければだめよ?」


 クロエはこの〝聖母教会〟が運営する孤児院を出てから、縁あってエルマーに引き取られ、菓子職人として育てて貰っていた。


 クロエはその修行の集大成であるケーキを取り出すと、教会の庭にある宴会場の石膏の台上に置いた。


 エメが飛び上がらんばかりにはしゃぐ。


「まあっ。なんて可愛いケーキ!」

「こちら、新郎のジュリアン様からのご依頼です」

「〝ラベイユ〟のケーキは大人気ですものね!以前、国王陛下がご自身の結婚式で参列者に配るプチケーキも、ラベイユに依頼したって話題がありましたものね?何でも、他国から嫁いだ王妃様からのリクエストだったとか」


 クロエは師匠を褒められて胸を張った。


「その通りです。王妃陛下がどうやら宮廷のパティシエの考えたものより、エルマーのケーキの方を気に入られたようなのです。さすがに陛下としては宮廷料理人の手前、ウェディングケーキまではご依頼されなかったようですが……」


 装飾された石膏の台の上で、ウェディングケーキの、均等にまぶしたアラザンが銀色に光り輝いている。


 テーブルには真っ白なクロスが敷かれ、その上に食事がどんどん運び込まれる。エメがクロエに囁いた。


「新郎新婦が来たわ」


 親族を伴って、新郎新婦がやって来る。


「きゃー!かわいい!」


 純白のドレスをまとった新婦が、すぐにクロエの作ったウェディングケーキに反応した。クロエは自分のケーキを褒められ、顔を赤らめる。


「すごいわすごいわ。〝ラベイユ〟のウェディングケーキ、ずっと憧れてたの!」


 新郎が、はしゃぐ新婦の肩を抱く。


「君を驚かせたくて、注文しておいたんだよ」

「あああっ。素敵。夢みたい……!」


 二人は抱き合って喜び合う。クロエはうっとりと、幸せそうな二人を眺めた。


(私も……夢みたいですっ)


 初めて任されたウェディングケーキをこんな風に喜んでもらえると、作った甲斐があるというものだ。


 しかし、一番の問題は、味──


 クロエはシスター・エメと共に教会の影に引っ込むと、披露宴の様子を引き続き観察した。


 二人でファースト・バイト(最初の一口)の儀式に熱視線を送る。


 新郎がケーキを切り分け、新婦の口に運ぶ。新婦はぱくりとそれを食べると、両頬を押さえて悶えた。


「甘くて美味しい!これ、蜂蜜の風味がする!」

「〝ラベイユ〟の看板商品、蜂蜜ケーキをベースに作ってくれって頼んだんだ」

「!もうっ、最高の結婚式だわ!」


 クロエは目を輝かせ、どくどくと波打つ胸を押さえて呟く。


「すごく喜んでくれた。よかったぁ……」


 横で、何かを察したエメが囁く。


「ねえ、もしかしてあのケーキ……クロエが作ったの?」


 クロエは、なぜか照れ臭そうに頷いて見せた。


「はい!」

「あら、やっぱりそうなの?早く言ってよ~!」

「い、言いそびれてしまいました……」

「すごいじゃない、クロエ!もう、ウェディングケーキを任せてもらえるまでになったのね」

「はい。一人でケーキも飴細工も、何もかも作ったのは今回が初めてなんです」


 エメはクロエを抱き締めた。


「ひとりぼっちだったあなたが、あんなに多くの人をを喜ばせるものを作れるようになったのね。素晴らしいわ」

「えへへ」

「あなたの得たお菓子作りの技術は、あなたの未来を広げてくれるはず。これからも神様から授かったその力を大事にね。そうすればきっと、運が味方してくれるわ」

「はい!エメ先生」

「ああ、そうだわ。教会の四月祭に使うお菓子を依頼したいのだけど、来月ちょっとうかがってもいいかしら?」

「勿論です。お待ちしております」

「ふふふ。教え子のお菓子が食べられるなんて、私もこの仕事を続けて来た甲斐があったというものだわ」


 エメは仕事に戻って行った。


 クロエもその後を追うように、庭の賑やかな宴会場から去り際に呟く。


「お菓子作りは未来を広げる……か」


 確かにクロエの人生は、お菓子を追い求めることで開かれてきた。




 孤児だったクロエは、幼い頃は幸せな記憶がないぐらいに心がすさみ切っていた。


 かつては孤児院から仲間と何度も脱走し、街なかを浮浪しては道行く大人に食べ物をせびっていた。


 そして、怒鳴られたり殴られたりを繰り返していた。


 食べ盛りのクロエたちは、修道院の質素な食事に耐えられなかったのだ──と言いたいところだが、今思えば別にそこまでお腹が空いていたわけではなかった。ただ、大人からの視線を物乞いという形ででも、自分に向けたかったのかもしれない。なので孤児たちは食べ物が貰えるとなけなしの愛情を得られた気がして、その日は一日得した気分でいられた。


 そんな不幸で空腹だった幼いクロエは、ある時、甘い蜂蜜の香りに誘われて、一軒のパティスリーに辿り着いたのだった。


 街外れの洋菓子店〝ラベイユ〟


 店からは、幸福そうな顔をした老若男女が、ケーキやクッキーを持って軽い足取りで出て来る。クロエがそれを物欲しそうに指をくわえ眺めていると、建物の裏手から、ゴミ箱に何かを捨てようとする男が出て来るのが見えた。


 クロエは裏口に回り込むと、目ざとく彼の手から投げ捨てられた物を見つめた。


 男が引っ込んだのを見計らって走って行き、ゴミ箱の蓋をぱかんと開けてみる。


 ゴミかと思ったものは、ケーキやクッキーの切れ端だった。


(わっ……おいしそう!)


 幼女は何のてらいもなくケーキの切れ端をつまむと、ひょいと口に入れた。


 蜂蜜の甘い香り、卵の風味がふわりと鼻に抜ける。


 クロエは、初めて食べる素晴らしい甘味に目を見開いた。


(うっ……ま!)


 こんな美味しいものは、孤児院では食べられないのではないか。切れ端を夢中でかき集めていた、その時だった。


「おい。そこで何をしている?」


 クロエはその声にびっくりして顔を上げた。


 そこにいたのは──先ほどゴミを捨てていた男だった。


「!だめだよ。そんなもん食べたら……」


 クロエはしょげた。きっと叱られて、孤児院にも苦情が行く。そうしたら、また罰として孤児院の掃除洗濯をしなければならないだろう。


 しかし、次に投げかけられた言葉は予想出来ないものだった。


「そこを漁ってまでお菓子を食べたかったのか?なら、そうだ──今ちょっと、人手が足りなくてね。君。暇なら、おつかいしてくてくれないか?お礼にパウンドケーキの新品をひとつあげるよ」


 クロエは目を輝かせて顔を上げた。


「!……パウンドケーキ!?」

「ああ。乾物屋〝ピネッド〟のドライフルーツミックスと、焼きクルミが欲しい。どちらも10袋ずつ」

「じゅ、じゅう……うん。買って来る!」

「いつもツケで買ってるけど、怪しまれると困るから……これ。お金を持って行きなさい」


 クロエはいちもにもなく頷いた。


 幼女はお金を受け取ると、〝ピネッド〟まで走って行った。いつも街なかをうろついているから、道順はしっかり頭の中に入っていたのだ。


 クロエはドライフルーツとクルミを買うと、洋菓子店の勝手口に舞い戻る。


 どんどんと扉を叩くと、すぐに男が顔を出した。


「早いね。お金は足りたかな?」

「10デニー残ったから返しますっ」

「ありがとう。はい、これ約束のパウンドケーキね」


 こうして、クロエはパウンドケーキをひと切れ手に入れた。


 それは、ドライフルーツのパウンドケーキだった。色とりどりの宝石のようなつぶが、しっとりとしたケーキ生地に練り込んである。


 早速紙袋から取り出して齧ると、先程のケーキの切れ端とはまた違ったフルーティな芳香が口中に広がった。


 そして齧るたびに、新しいフルーツの味がする。


 食べるのをやめられない。


 男はそれを微笑ましく見つめ、クロエに言った。


「私の名はエルマー。この店の店長だ」


 幼いクロエは顔を上げた。


「いつでも来るといい。お手伝いしてくれる代わりに、お菓子をあげよう」


 幼女はこくこくと頷いた。こんな美味しいものが食べられるなら、いつだって──


「ところで君は、どこの子だい?見慣れない顔だね」


 クロエはどきりとした。しかし、なぜだろう。この美味しいケーキを作る人には、決して嘘をついてはいけない気がした。


「孤児院……です」


 正直にそう答えると、エルマーは鼻白んだ。


「だめじゃないか!君みたいな小さい子が、あんなに遠い聖母教会からこんな街はずれまで来ちゃ……」

「う……」


 しかし泣き出しそうになるクロエを見ると、エルマーは語気を落とした。


「すぐに帰って、シスターたちを安心させてあげなさい」

「うー……でも、これ、また食べたい……」

「え?弱ったなぁ……」


 エルマーはうんうんと考え込んだ。


「……分かった。ちょっとあとで、修道長と話をしよう」

「本当?」

「ああ。私自身、前からちょっとこの国の孤児の扱いに思うところがあって……」

「?」

「まあいい。君がこの店にまた来られるように、修道長にかけあってみるよ」

「いいの?やったー!」


 クロエは飛び上がって喜んだ。エルマーはしばらくそれを微笑みながら見ていたが、


「さ、早く帰るんだ」


と促した。クロエはまたこのおじさんに会える、甘いお菓子が食べられると思うと、いつも「来なければいい」と思った明日も「来てほしい」と願えるようになるのだった。


「また来るね!」


 そう言って、その日少女はエルマーと別れた。


 数日後。


 エルマーの店〝ラベイユ〟は孤児院と、孤児の職業訓練先として提携することになった。


 数年後、あの時より少し成長したクロエは、ラベイユでの職業訓練募集に手を挙げた。


 それから数人の孤児とクロエは、住み込みで〝ラベイユ〟で働くこととなる──




 空の籠を引っ提げて、クロエは今までのことを思い出しながら意気揚々に帰路についた。


 お菓子は、特別な日を作ってくれる。季節の行事、地域のお祭りから、誰かの結婚式。他国のお姫様の心まで動かすのだ。


 そして、世の中の誰もがその特別な日を待ちわびている。


(私、お菓子作りに出会ってよかった)


 クロエは孤児という境遇から、どうしても大人から差別をされ、自分という存在に生きる意義を見出しにくかった子ども時代を過ごしていた。


 しかしこうして菓子を作ることで、だんだんと街の人々から街の一員として認められて行ったのだ。


(ふふふ。自分の作ったケーキであんなに幸福な結婚式が作れるなんて、夢みたい……)


 クロエは何度も脳内であの光景を反芻した。今後、いいお菓子を作るごとに、きっともっと自分を認めてあげられるだろう。


 だからこそ、上を目指す。


(もっと美味しいお菓子を作れるようになったら、いつか自分のお店を持ちたいな)


 クロエは浮き足立って勝手口からラベイユに入って行った。


「只今戻りましたー!」


 早速、彼女は店長のエルマーにこの晴々とした気持ちを共有しようと厨房に声をかけた。


 返事がない。


(……おかしいな)


 そう思って食糧倉庫に足を向けると──


「!エルマーさん……!?」


 その床には、エルマーがうつ伏せの状態で倒れていた。

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― 新着の感想 ―
初対面にもかかわらずお使いを頼む店長。 金や品を持ち逃げすることもなく、お釣りをごまかすこともなくやり遂げたクロエ。 そこから未来が開けたんだなぁ、と思ったら…店長おおおお!
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