28.甘いだけのお菓子
王妃アデリナは目を輝かせた。
「私のために……?」
国王オディロンが微笑んで頷く。
ライナーは得意げにケーキを切り分けると、王と王妃の皿にそれぞれサーブする。
アデリナは嬉しそうな顔で蜂蜜ケーキを口に入れた。オディロンも、妻の顔を覗き込みながら楽しそうにケーキを頬張る。
貴族たちの好奇の視線が薔薇のケーキに降り注いだ──
その時だった。
「まっず」
急にアデリナはそう言って、オディロンに皿を突っ返したのだ。
そこにいた全員が、頭に疑問符を浮かべた。
アデリナはハンカチで口を拭うと、みるみるうちに涙目になって行く──
ライナーは呆然とその変化を見守った。アデリナは肩を震わせると、
「ひどい……ひどいわ!」
と声を上げて泣き始めた。そこにいる全員が、何が起こったのか分からないで困惑した。
オディロンは両手から皿を落とすと、彼女の肩を支えた。
「アデリナ、どうしたっていうんだ?」
アデリナは涙にぬれた顔を上げると、オディロンに突っかかった。
「しらじらしい。あなたも分かっているはずでしょう?私は栄華の国タルナートの王女。政略とはいえ、こんな貧乏国に輿入れさせられるなんて耐えられなかった。でも、それでも今日まで耐えていられたのは……この国のお菓子がとっても美味しくて、辛い現実を忘れられたからよ!それなのに……」
「アデリナ……」
「こんなマッズいケーキをわざわざ結婚記念日に作って寄越すなんて、私を内心馬鹿にしているんでしょう!」
ライナーは真っ青になった。
まさか、ケーキの味が落ちたことが両陛下の喧嘩の火種になるとは思ってもみなかったのだ。
オディロンは慌ててアデリナの肩を抱いた。
「そんなに怒らないでくれ、私の子猫ちゃん……」
「あんたのその甘ったるい言葉も大嫌い」
「!」
「あんたなんか、甘いだけが取り柄のお菓子と一緒よ!工夫もされていない、愛されてもいない、魅力もない、そもそも素材が悪い。口に入れた瞬間吐き気がするわ。そんなもの、私の人生には不必要なのよ!」
「!!」
オディロンはしばらくショックに固まっていたが、ふるふると震えたかと思うとライナーを指さして叫んだ。
「ライナー!貴様、大事な日に何てことをしてくれるんだ!」
突然火の粉がこちらに降って来たので、ライナーはびくついた。
「も、申し訳ありません……!」
「前の店主のエルマーの作ったケーキとは、似ても似つかぬ味だったぞ!」
「……」
「私たちが式当日に食べた味を再現せよと命じたはずだ!」
「……」
ライナーは、さすがに王の前では得意の口答えもままならない。
するとアデリナはぷいと顔を背け、すたすたと大広間を出て行ってしまった。オディロンは慌てて追いかけようとしてから、思い出したようにライナーに告げた。
「いいか、ライナー。本日をもって〝ラベイユ〟の王室御用達証を剥奪する!」
ライナーは目を見開いた。
「陛下……そんな」
「王室からの庇護にかまけ、研鑽を怠った罰だ!二度と私に顔を見せるな!」
ライナーが王に駆け寄ろうとすると、衛兵がライナーを床に組み伏せて止めた。王はアデリナを追って大広間から去って行く。
ブリスは王が取り落としたケーキを片付けながら、
(……これは大変なことになったぞ)
と他人事のように思った。
一方、オディロンは歩きながらぶつぶつと呟く。
「最悪だ……未だにネマラートの王太子アルベールは見つからないし……この状況でタルナートを怒らせれば、国家運営に支障が……」
側近が駆け寄って問う。
「陛下。アデリナ様のご機嫌はいかがいたしましょう」
オディロンは苛立ち紛れに叫んだ。
「もっと腕のいいパティシエを探して来い!国内で、極上のケーキを作れる店をしらみつぶしに探すんだ!」
ブリス、ローズ、ドミニクは、厨房へ集まって話し合った。
「大変なことになっちゃったわね」
「王室の庇護を剥奪されたら、ライナーの最優先していた〝売り上げ〟とやらは一気に減るじゃないか」
「やる気なくすよなぁ……」
そこに、ふらついたライナーが現れる。
全員の冷たい視線が彼に刺さった。
ライナーは少し怯んだが、何とか姿勢を正すと、震える声で言った。
「みんなに話がある」
三人の従業員は、互いに目配せし合うとライナーの元へ集まる。
「……王侯貴族専売の方向性は中止だ。やはり一般販売も続けて──」
すると、ブリスが言う。
「……問題はそこじゃないだろう?」
ライナーは眉をひそめた。
「……何が言いたい」
「アデリナ様はタルナートの王女で、贅の限りを尽くして育てられている。舌はこの国の誰よりも確かなはずだ」
「……」
「そのアデリナ様が〝マズい〟とおっしゃるなら、そうなのだろう。味を元に戻して行かないといけない」
「……」
「今回目立ってしまったことで、逆にうちの店は〝マズい〟ことで有名になってしまった。どうにか挽回すべきだ。このままだと、一般販売を再開したところで存続は危ういぞ」
ライナーは悔しそうに唇を噛んでいる。
何やら話が先に進まなさそうなので、ブリスは心の中で呆れながらも言った。
「黙って頭で考えていても始まらない。製菓材料を、エルマーさんがかつて使用していた食材に戻すんだ。そうしないと、おそらくうちは並以下の菓子店になってしまう」




