27.王室御用達の名にかけて
いよいよ舞踏会当日になった。
店舗は休業し、夜会に向けてラベイユの従業員は一丸となって王宮の厨房にて菓子作りをする。
材料は全て、取引先から直送されている。
ライナーが王宮からの要望を読み上げた。
「王妃陛下は〝ラベイユ〟の蜂蜜ケーキのファンらしい。今日は、陛下が二人の結婚一周年記念日のために、王妃陛下へサプライズで特別なデコレーションの蜂蜜ケーキを出すことになっている」
三人は言われた通りに分担して特別なケーキを作るが、焼き上がった蜂蜜ケーキの香りに違和感を覚えた。
ローズがライナーに尋ねる。
「……すみません。この蜂蜜、前と変わりました?」
「ああ。王都外れの養蜂場の蜂蜜だ」
「ちょっと……変なクセがありませんか?あまり嗅いだことのない匂いだわ」
「そんなに気になるか?よくある蜂蜜の香りだと思うが」
確かに、そう言われればそうなのだが……
ローズはドミニクに耳打ちした。
「これじゃあ、前よりだいぶ味が変わるかも。王妃陛下もきっとお気づきになると思うわ」
ドミニクは諦めの表情で言う。
「どうせ、ライナーに何言っても〝口答え〟と取られるだけだよ。適当にやり過ごそうぜ」
もはや、全員店主に何か意見を言うことはない。意見を無視され続ければ、皆意見を言わなくなるのは当然のことだった。
王宮の厨房で、衛兵に監視されながらも次々と蜂蜜ケーキは焼き上がる。
生クリームに着色料を入れ、カラフルに仕上げる。マジパンでピンクの薔薇の花を作り、乗せる。これも、王の要望だった。
ケーキは華々しくデコレーションされ、次々と運び出されて行く。
夕方になると厨房は空になり、ラベイユの孤児メンバー三名はサーブ係として菓子の前に立つことになった。
一方、店主のライナーは王から直々に言葉を賜ることが決まっているらしく、晩餐会に参加する。
今まで、地域のパティシエで王宮に呼ばれたものは片手で数えられるぐらいしかいない。王から直接感想を賜るのは名誉なことだった。
社交界の夜が始まる。
美しく着飾った貴族たちがやって来て、混雑するエントランスホールから大広間に散らばって行く。踊り明かす夜の間に中休みがいっとき用意されていて、ライナーはそこで菓子を王妃に献上する算段になっていた。
既に現場には様々なワインやつまみ、菓子の類が並べられた。人々が話に花を咲かせていると、ようやく国王一行がやって来た。
国王オディロン。
そして、王妃のアデリナ。
二人はまだ年若い夫婦だった。オディロンは体躯こそ立派だが、どこか繊細で弱気な表情を見せる青年だった。一方アデリナは、ヴァルテルミより遥かに栄えた隣国タルナートから輿入れして間もない、自信に溢れた金髪の美女である。噂によると、オディロンが熱烈に頼み込んで叶った政略結婚であるという。
なので、アデリナは格下の国王に対して無礼で高慢な態度を取って憚らない。一方オディロンは、惚れた弱みから彼女がどんな仕打ちをしようと何でも受け止める、奇特なほどに懐の深い男なのだった。
一行は絢爛豪華な衣装を着て、万雷の拍手の中登場する。二人が着席すると、オーケストラの演奏に合わせて舞踏会が始まった。
ブリスは客の顔を注意深く観察した。
舞踏会には中休みがある。その時に例のケーキを出す手筈になっている。
衛兵の一人がやって来て、ブリスに言った。
「そろそろ前半の演奏が終了する。取りに行ってくれ」
「はいよ。じゃあ今から取りに行くよ」
ブリスは厨房に戻ると、暗所に保管していたケーキに銀のクローシェを被せ、台車に乗せて歩き始めた。
以前とは、香りの違う蜂蜜ケーキを。
(エルマーさんは、なぜ菓子の材料を秘匿していたんだろう?)
料理は素材によって味ががらりと変わってしまう。作り手が多少不器用でも、実は素材の味さえよければどうにかなってしまうのが料理なのだ。
(何か深い事情がありそうだが……)
思えば、息子のライナーを放置していたのも気にかかる。
(あの人は何かを隠している。そのまま死んでしまって、謎は謎のまま……)
その時だった。
何やらエントランスで揉め事が起きている。
衛兵が、とある男を羽交い絞めにしている。ブリスがぼうっと眺めていると、男は叫んだ。
「ライナーがいるだろう。ライナーを出せっ!」
ブリスは、思わず男を注視する
(……ライナー?)
その捕まっている男は、見た目はいかにもごろつきのようである。赤い髪に赤い顔をして、舞踏会にはおよそ似つかわしくない粗末な服を着ていた。
(知り合いかな……)
しかし、ブリスはその男を見たことがなかった。
(嫌な予感がする。ライナーに早く教えた方が──)
などと考えていると、噂好きの貴族が次々とやってきてその光景を好奇の目で見守り始めた。
(いや……よそう。ケーキを運ぶのが先だ)
その揉め事も気にはなったが、ブリスはケーキを無事に陛下の前に差し出すことを優先した。
台車を押しながら大広間に辿り着く。
そこには、舞踏家の合間に少し汗ばんだ貴族たちが王族と共に待ち構えていた。
既に、国王オディロンの隣にはライナーの姿がある。その顔は、人々の注目を浴び晴れやかだった。
アデリナが驚きに口をおさえる。それを合図に、周囲から拍手が湧き起こった。
オディロンが言う。
「今日で結婚一周年だろう?君を驚かせたくて、〝ラベイユ〟に特別な蜂蜜ケーキを作らせたんだ。食べてみてくれ」
人々の注目が集まる中、王の指示でブリスはクローシェを開けた。
中から薔薇の砂糖飾りに彩られたケーキが現れる。
王妃アデリナは、その見目麗しいケーキに目を輝かせた。




