24.商工会長のシリル
「商工会?」
「ほら、昨日のケーキがかなり好評だったもんで、みんなあんたの話を聞きたがってるんだよ」
クロエは商工会の面々に挨拶をした。
「初めまして。私はパティシエーヌのクロエと申します」
集団の中から、ひとりの老人が進み出た。
「……この間は、美味しいケーキをどうも」
「あ!」
商工会の長は、先日クロエのケーキを宿屋で食べていた御仁だったのだ。
「私は商工会長のシリル。金物職人だ。君のケーキはずいぶん評判を呼んでいるようだね。今、町じゅうでかなりの噂になっているんだよ」
遠くで、アルベールがこちらの様子を見守っている。
クロエは頷いた。
「はい!ちょっと高額かな?とは思ったのですが、あの日、完売して良かったです」
「実は今日はね、君もうちの商工会に入らないか?というお誘いをしに来たんだ」
「!?」
とはいえ、クロエはその仕組みがよく分からない。
「ええっと……商工会に入ると、何が出来るようになるのでしょうか?」
シリルは、資料を渡して来た。
「商工会とは、簡単に言えば君の事業を応援してくれる集団で──入会金と年会費がかかるけれど、登録しておけば融資や情報提供などを受けられる」
クロエは、渡された資料を読み下す。
「融資……つまり、先に設備投資が出来るというわけですか?」
「そういう使い方もあるね。特に君のケーキは美味しくてよく売れそうだから、商工会を通じて君と繋がりたがっている事業者が多い。私もその一人でね、こうしてあえて足を運んだんだ」
クロエは目を輝かせた。
「私と……繋がりたがっている?」
「私は金物屋だから、君にケーキを作るための用具をもっと売ることが出来る。粉屋も、大口の事業社を探している。宿屋も、カフェタイムに出す菓子をもっと欲している」
「……」
「商売は、個人プレーよりチームプレーをした方が儲かるのがセオリーなんだ。考えてみてくれないかな?」
クロエはじっと考えた。
「あのう、私、まだ事業を始めたばかりで入会金とかは払えないんですけど……」
「ああ、そうでしたか。まあ、頭の片隅にでも置いておいて。ゆっくり考えて貰えればいいから……いつでも入会可能だよ」
「は、はあ」
クロエは、はからずも急に町の経済に組み込まれてしまったことを悟った。
(ちょっとびっくりしたけど……みなさんそれだけ私のケーキに期待してくれてる、ってことよね?)
クロエの脳裏に、ひょっこりと〝欲〟が芽生え始める。
(融資……ということは、設備投資なんかも?)
大型のオーブンが欲しいと思ったら、これである。幸先がいい。
「そうですね。ちょっとご相談したいことが……」
クロエが話し始めると、シリルは前のめりになった。
「聞こう」
「オーブンを追加で購入したいのですが、そういったものはどうやって買ったらいいですか?」
「新品かい?それとも中古?」
クロエは再び考えた。
「中古……という選択肢があるのですか?」
「ああ。例えば、もう誰も住んでいない家や店のオーブンを移設するとか、そういうことも協力可能だ」
「なるほど……」
「新品を買うより、中古の方が安いよ。しかし、物が存在すればの話だが……」
事業を開始すると、色んな情報や噂が流れ込んで来る。
クロエは、少し混乱し始めた。話を整理した方がいいだろう。懐具合もまだ整っていないのだから。
「……ありがとうございます。もう少しお金を稼いで頭を整理したら、ご相談するかもしれません」
「焦ることはない、時間は充分にある。まずは、新規客の開拓を頑張るといい」
「はい!」
クロエはようやく宿のキッチンに入る。
主人のコレットが待っていた。
「なかなかみんなの注目が集まってるじゃないか、クロエ」
「はい。予想以上の反響ですね」
「ここはちょっと、踏ん張り時だね。もっと数を作れた方がいいかしら?」
「私もなかなか一度に多く作れず、方策を考えているところです」
アルベールが入って来る。
「じゃあまた、夕方に来るから」
「はーい」
コレットはアルベールを見送ってから、唐突にこんなことを言った。
「ねえ、クロエ。あんた、山を下りてこの町に住む気はないの?」
クロエはきょとんとする。
「確かに、それでもいいんですけど……」
「竜に乗るのもいちいちお金がかかるし、不便じゃない?」
「そうですね。でも、家賃が払えるかどうか……」
「商工会に入って、融資を受けたらいいじゃない」
「……」
様々な可能性が、クロエの前に広がり始めた。
けれど。
(でも、お菓子でお金を儲けて、その先私は何がしたいんだろう?)
ライナーは王侯貴族だけに販売して儲けようとしていたが、クロエがパティシエールとして進みたい道はその延長線上にはなさそうだった。
目の前にいるコレットは確かに大切なビジネスパートナーではあるが、残念ながらずっとこの関係を続けたいわけではない。彼女はクロエより、彼女の作ったお菓子を愛している。商工会の面々も、クロエより彼女のお菓子を好いていそうだ。
クロエはそこまでお金儲けに興味はないのだった。
今までエルマーの背中を追い、流れに身を任せて生きて来たので、彼女は自分の生き方自体を考えたことがなかったのだ。
今、ようやく自分の人生を考える時が来た。
(私は、どんなお菓子を作って行きたいのかな?)
郷土のお菓子を作る時は、わくわくした。出産祝いや結婚祝いのケーキも心躍った。
だが、コレットの宿屋で提供するお菓子については、そこまで積極的になれない自分がいたのだ。
(そうか。私は……お菓子で儲けたいわけじゃない。お菓子で色んな人と繋がりたいんだ)
クロエはじっくり、自分自身と向き合い始めた。




