23.事業拡大のために
クロエは籠を引っ提げ、慌てて宿屋に走って行く。
日が落ち始めていた。
カルルの隣で、アルベールが待っている。
「……遅い」
「す、すみません……!」
しかし彼女の籠の中を覗き込むと、彼は全てを察したようだった。
「……ということは、パウンドケーキの売れ行きは好調だったようだな」
「はい!」
「で、契約は更新と……」
「そういうことです!」
「それならよかった」
「ところで、あの……」
クロエはもじもじしながら、次の言葉を紡ぐ。
「……やっぱり、あなたの言った通りでした。私、自分の力を信じて良かったです」
アルベールはそれを聞くと、ぽかんとしてから、少し恥じ入るように下を向いて
「……とりあえず、カルルに乗ってくれ」
と言う。クロエは言われた通り鞍の後ろ側に乗り込むと、嬉しそうに材料の詰まった籠をぎゅっと抱え込んだ。
「帰るぞ」
竜は夜空へ舞い上がる。
すっかり夜の更けた山の廃校に、クロエは降り立った。
向き直って、アルベールに頭を下げる。
「ありがとうございました。明日も朝、来て貰っていいですか?」
「いつ出世するの?」
「すっ……すみません……」
「……もうちょいで出世しそうだけどな」
アルベールはそう言ってからかうように笑うと、挨拶もそこそこに飛び立って行く。
クロエは静寂に包まれた廃校の中へ、きしむ音と共に上がり込んだ。
早速、新たなケーキを焼かなければならない。
オーブンに火を起こし、温めている間に手早く材料を混ぜて行く。今回は、バター多めのプレーンなパウンドケーキで勝負をかける。
ケーキ型に流し込み、オーブンへ入れると、クロエはようやくホッと一息ついた。
次に、自分の夕飯を作って行く。
オーブンの上で水を沸かし、卵を入れる。くるくる回しながら茹でると、ゆで卵が完成した。
それを刻み、バターと塩を入れて混ぜる。
パンに挟めば、即席の卵サンドだ。
牛乳を温め、ホットミルクで胃を潤すことにする。
ようやく人らしい食卓が現れて、クロエはちょっと泣きそうになった。
ケーキの甘い香りが漂う。
オーブンを何度か覗き、いい焼き色のところで取り出すと、木串を入れる。
生地がつかなければ中央が焼けている証拠となる。完成だ。
ケーキが冷めるまで待つ。
(もっと別のお菓子も作ってみようかな。この材料があれば、クッキーも行けそう)
そのためには、天板がもう少し必要になる。
(このかまども、あともう一個ぐらい欲しいな)
廃校を見渡してみる。面積だけはあるので、改装すれば出来ないこともない。
(この山の主のアルベールに許可を取らなくちゃ)
腹が満たされると、考えることも増えて行く。
(運び屋の運賃、いちいち払うんじゃなくて、前払いにして〝乗り放題〟みたいには出来ないのかしら?)
これから毎日町までお菓子を運ぶとなると、彼の協力が必要不可欠となる。
(あとは、何かと物々交換して乗せてもらうとか……)
それに、今後更に事業拡大するためには、ずっとケーキを作り続けるので店員を雇わなければならなくなる。
(ああ、問題山積……)
クロエは自らが個人経営主になってようやく、店主エルマーの苦労を偲んだ。
朝になると、クロエは寝ぼけ眼でかごいっぱいに菓子を詰めた。
竜に乗ったアルベールがやって来て、廃校の前に降り立つ。
「おはよう、クロエ。今日もブレニッツでいいんだな?」
「はい!」
カルルが空を舞う間、クロエはアルベールに問う。
「ちょっと、廃校の主にお願いがあるんですけど、いいですか?」
「何だよ」
「廃校に、もうひとつオーブンが欲しいの。設置しても大丈夫そう?」
アルベールは背中で言う。
「あそこをケーキ工場にするつもりか?」
「……そうできたらいいんですが……」
「言っとくけど、改装する金はクロエが出すんだぞ。俺は別に廃校が欲しいとは思ってないから、改装は自由にやっていい」
クロエは嬉しくなった。
家主から、開業の許可が出たのだ。
「まだまだ先の話……ですけどね」
「そうか?案外、その時は近いような気がするけど」
宿屋に到着する。
アルベールは竜を係留した。
甘い香りを漂わせながらクロエが降り立つと、宿屋の前には見知らぬ集団が待っている。一見すると、男性の数が多いようだが……
「あ!クロエ、待ってたよ!」
コレットがその集団の中から歩み出て、クロエの籠を覗く。
「早速ケーキを持って来てくれたんだね」
「……コレットさん、この方たちは?」
「ああ、紹介するよ」
コレットは仲介するように、集団とクロエの間に入った。
「彼らはブレニッツの商工会の皆さん。みなさん、クロエのケーキが気になってしょうがないみたいなんだ」
クロエは困惑気味に首を傾げた。
「……商工会?」




