22.アンナの行先
おやつは自分で作るものであって、買うものではないという田舎において、プロが売り出したケーキは好意的に受け止められたらしい。
いわゆる口コミが発生し、結局夕方頃には全てのケーキがはけた。
コレットが拍手する。
「やったね!完売!!」
クロエも今にも踊り出しそうだった。
「ふふふ、まあこんなものですっ」
「助かったよクロエ。ケーキセット18セットが完売、ケーキ一本が完売」
「ということは、4600デニーの売り上げですね☆」
「計算が早いね。いやあ、もうけさせてもらったよ」
コレットは満足げに天井を仰いだ。
「確かに、この売り上げならもっと値上げしても人が入るかもね」
再び、コレットの頭の算盤が鳴り響く。
クロエは言った。
「明日に向けて、材料を仕入れないと」
「お、そうだね!これはマル秘情報だけど、ケーキの材料は雑貨屋を通すより、農家から直接買い付けた方が安いよ」
クロエは目を丸くした。
「へー、そうなんですか?」
「砂糖みたいな輸入品は無理だけど、それ以外ならこの周辺で揃うよ。小麦粉に卵にミルク……紹介しようか?」
「わあっ、いいんですか?」
「いいよいいよ、今日から私たちはビジネスパートナーだ!あはは」
コレットは、紙に簡単な地図を描いた。
「ここが粉屋さん。ここが養鶏場。牧場は、すぐそこに見えるだろ?」
「はい!」
「日没には閉店だから、早く行って来な。粉ふるいとパウンド型は貸してあげる。それから……ほら、これは軍資金だよ」
コレットは、1000デニーをクロエに押し付けた。
「!?……あの、パウンドケーキ代は先日の場所代&飲料代と引き換えじゃ……」
「いいのいいの!せっかくお客さんが来てくれたんだから、弾みをつけないとね。いい素材をふんだんに使わないと、美味しいお菓子は出来ないだろう?」
「……ありがとうございます!」
クロエは籠を引っ提げると、軽い足取りで宿屋を出た。
まずは粉屋へ向かう。
粉屋はパン屋も兼ねているらしい。クロエはそこで朝食用の大きなパンと、小麦粉を購入した。
養鶏所は、町の外れにある。小規模なので、売り物である卵は少ない。数パック購入した。
牛乳は、小売りではなく牧場へ一か月間の契約金を払うことになった。牛の乳は季節や体調によって出る量が変わるため、この牧場では契約者を優先して乳製品を売るのだという。クロエは牛乳の購入権を手に入れ、牛乳とバターを購入することが叶った。
王都とはまるで違う商習慣もあるようだが、とりあえず無事に製菓材料を購入した。
クロエはポケットをまさぐる。
「残り200デニーか……」
これなら、砂糖が買える。
クロエは再びシモンの雑貨店に入った。
するとすぐそこに、見慣れた人物が立っている。クロエは思わず声に出した。
「あっ、アンナさん!」
アンナは店主と何か話していたが、驚いて振り返る。
その顔は、なぜかとても怯えていた。
クロエは自分が怖がられているとは思ってもみなかったので、衝撃を受けた。
(あれ?話しかけちゃいけなかったかな……)
シモンがこちらに視線を向ける。
「お?先日は、どうも」
「あの、今日も砂糖ってありますか?」
「あるよ、これだろ?200デニーだ」
クロエはほっとして砂糖を受け取った。
アンナは店の隅に移動し、声を押し殺してこちらの様子をうかがっている。
店主が気を遣ってクロエに話を振る。
「おお、かごいっぱいに何か買ってるな?」
「はい、これからパウンドケーキを作るんです」
「へー、でもかなりの量だな」
「かなりの量を作るんです。私、これを売って生計を立てようと目論んでおりまして」
「お菓子屋さんでも始めるのかい?」
「はい!実はもう、宿屋さんのカフェタイムのケーキを作っているんです」
「いいねぇ。俺も食べに行こうかな」
アンナは、こちらの会話に耳をそばだてている。
クロエは、美味しい蜂蜜を作っているというアンナと仲良くなりたかった。
(たとえ高額でも、いつか彼女の蜂蜜を使ってラベイユ顔負けのケーキを作ってみたい)
クロエはアンナに歩み寄った。
アンナは固まっている。
「アンナさん、先日はどうも。あの、もしよかったらこれ……お近づきのしるしに差し上げます」
クロエはポケットからほおの葉の包みを取り出して、アンナに差し出した。
「ギヴァルシュを作ってみたんです。お口に合うかどうか」
店主が、固唾を飲んで二人の女の様子をうかがっている。
アンナは、包みを受け取った。
そして全く聞こえないようなか細い声で
「……ありがとうございます……」
と言う。クロエが微笑むと、アンナは小走りに雑貨屋を出て行ってしまった。
「あっ、アンナさん……!」
様子を見ていた店主が、クロエを止める。
「追いかけたら駄目だ。アンナは追えば逃げる」
「……えっ?」
「あの方は今までの人生、色々あったんだ。人を信用していないのさ。また心の古傷が開くから、そっとしておけ」
「……」
「俺も、この店であの最高の蜂蜜を売るまでに相当苦労したよ。だから──きっとあんたも、打ち解けるまで苦労するだろうよ」
クロエは困惑しながら、アンナの背中を見送った。
クロエから逃げたアンナは、息を整えながら宿屋へ入った。
そして、震える手でほおの葉の包みを開ける。
そこには懐かしいお菓子、ギヴァルシュが入っていた。
震える指先でつまみ、アンナは自らの口にそれを入れる。
しばし、咀嚼して──
アンナは何かを思い出したように、ボロボロと涙をこぼした。




