21.カフェのお客様
ラベイユは、王都では誰もが知るお菓子の名店だった。しかしクロエ自身は、この小さな町では誰にも知られていないパティシエールのひとりでしかない。知名度はゼロだ。
昼は、例によってランチの客が多い。
この波が途切れた後が勝負だ。
ランチタイムが終わる。クロエが緊張交じりに厨房から食堂を覗いていると、女性の一団が現れた。
「すいません、ここでギヴァルシュとコーヒーのセットをいただけるって聞いたんですけど」
昨日誘った女性たちではなかった。どうやら別の人から噂で聞いて来たらしい。
コレットがクロエに目配せをする。クロエはキッチン奥からギヴァルシュを出して来た。
「こちらのセットは100デニーです」
「じゃあ、それをみっつ!」
やはりこの町の客層だと、ケーキセットは高くて手が出せないのだろうか。
しばらくすると、身なりのいい女性がひとり、やってきた。
「すみません、ケーキって今、販売していますか?サイズを知りたいのですが……」
ここはクロエが対応する。カットされたケーキを皿に乗せ、彼女に見せた。
「ひと切れ、これぐらいの大きさです」
「ああ、パウンドケーキなのね!それ、一本で売ってない?」
「……へっ?」
クロエはコレットに目配せをする。コレットが話に加わった。
「一本分、ありますよ」
「本当ですか!?おいくらでしょうか……」
「1000デニーです」
すると、その女性はじっと考え込んだ。
「まあ、予算内。大丈夫かな……」
「あの、一体どのようなご用途で」
「えっとねー、ちょっと急ぎなの。今日中に買って帰らなくちゃ」
クロエは、長年の経験でピンと来た。
「あのう。もしかして、プレゼントですか?」
「!」
女性は心を読まれたように、あわあわと口を動かした。
「わっ、正解!実は、妹が予定より早く出産してしまって」
「それはおめでとうございます!」
「で、今からお祝いに行かなきゃいけないんだけど、お祝いのケーキを焼く時間がなかったのよ。隣町で色んな店に行ったけどいいのが売ってなくて。向かう道中、ここにケーキセットがあるっていう立看板を見かけたもので、もしかしたらこの店にケーキがホールで残っているんじゃないかって踏んだのよ」
その読みは当たりだったようだ。
(全部切り分けないでおいて、よかった……)
とクロエは偶然の出会いに感謝した。
クロエはコレットの厚意で、ケーキ箱を用意して貰った。そこにパウンドケーキをそうっとしまう。
まず、一本が売れた。
しばらくすると、今度は初老の紳士がふらりとやって来る。
「……ケーキセット。コーヒーで」
「いらっしゃいませ!」
女性の姿ばかりを追っていたが、無論男性にもケーキ好きはいるのだ。
コレットがレーズンケーキを運ぶ。紳士はただ静かに食べ始めた。
景色を見ながら、じっくりとケーキを切り分けて食べる。本当に、よく味わっている。
クロエはその様子をじっと見つめた。
帰り際、紳士は言った。
「今度は……別のケーキも食べてみたいな」
コレットに目配せされ、クロエが前に出る。
「どういったケーキが食べてみたいとか、ご要望ありますか?」
「あなたが作ったのかい?そうだね……タルトやパイなんかも食べてみたいな」
「検討してみます!」
紳士は帰って行った。クロエがコレットに尋ねる。
「あの人、もしかして常連さんですか?」
「あら、よく分かったわね」
「先日、食堂で見かけた気がするんです」
しばらくすると、今度は若い男性がひとりでやって来た。
「あのう……さっき、ケーキの箱を持ってる人がこの食堂から出て来たんですけど」
「はい!」
「もしかしてここ、ケーキの販売だけってやってます?」
コレットは驚いている。クロエが答えた。
「はい!お売りしてますよ。現在、レーズンのパウンドケーキを販売中です」
「予約注文は可能でしょうか?」
「一週間前までにおっしゃっていただければ」
「えーっと、その……パウンドケーキなら、一本おいくらですか?」
「ものにもよりますが、だいたい1000デニーです」
男性は少し迷った。
「あー、それぐらいするよね……」
「……贈答用ですか?」
「今度、僕の結婚式に使おうと思って」
「!」
「プレーンなパウンドケーキを三本まとめて欲しいんだけど、出来ますか?」
クロエは言った。
「パウンドケーキでよろしいのでしょうか?もっと、都会的なウェディングケーキも承りますが」
「いえいえ!予算が3000デニーなので、そこまでは出来ないんですよ」
「そうでしたか……」
「それに、その場で食べるものではなく、引き出物に使うつもりなんです」
「ああ、そういうことなんですね。ご予約いただければ、それまでにお作りしますよ」
この町では結婚式やお祝いに、菓子類の贈答は一般的らしい。
「じゃあ、予約して行きます」
「では予約票にサインをお願いします」
クロエは宿屋の予約票を借りて、男性に一筆書いてもらった。
「では、6月2日のご予約承ります」
「よろしくお願いします!」
何だかんだ、客は次々と来る。
次に現れた団体客は、旅行のついでに立ち寄った都会の家族だった。
「えっ、ケーキセットが200デニー!?安~い!」
都会者の偽らざる本音だ。クロエは苦笑いする。
確かにラベイユでは、パウンドケーキをひときれ500デニーで販売していたのだ。安いと感じるのも当たり前だろう。
10人が一気に注文したので、食堂のテーブルはケーキセットでいっぱいになった。
騒がしくなって行く店内を、通りかかる人が不思議そうに眺め集まって来る。
立て看板の周辺に、人だかりが出来始めた。




