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17.お菓子は高い

 朝、クロエはずっと空を見上げて廃校の前をうろうろしていた。


 ふと、竜が視界に入る。クロエは手を振った。


 カルルが下りて来る。猟師がうんざりした顔で言った。


「また?」

「そうなんです。見て下さい、これ!」


 クロエが差し出した籠の中には、規則正しく折りたたまれたほおの葉がぎっしりと入っていた。


「何だこれ?」

「この葉の中にギヴァルシュを入れたんです」

「なるほど。葉で包装したのか」

「それで……また、私をブレニッツに運んで欲しいんですけど」


 猟師はようやく笑顔を見せた。


「いいけど、金は?」

「その……出世払いで」

「じゃあそのギヴァルシュってのをくれよ。今日はそれで手を打とうじゃないか」

「……本当ですかっ!?」


 クロエは喜んで、ひとつ猟師にあげた。


「ありがとう。運送の合間に食べるよ」

「後ろに乗ってもいいですか?」

「いいけど、ちょっと途中ですぐそこの山へお届け物をするから付き合え」

「は、はあ……」


 要はブレニッツへ行く前に寄り道をするのだろう。


 カルルの背に乗って、二人は舞い上がった。


「お届け物……何でしょう?」

「雑穀屋から、鳥の餌を運んで欲しいと頼まれてたんだよ」

「鳥……」

「今から養鶏場に行くんだ」


 クロエの瞳がきらりと光る。


「ということは……そこに鶏肉と卵があるんですね!?」

「まあそういうことだけど……クロエ、鼻息が荒いぞ」


 二人は山間にぽつんとある、養鶏場に辿り着いた。


 カルルから降り、その首に結んでいた荷をほどいていると、待ちわびていたように養鶏場から男が飛び出して来た。


「よかった、間に合ったー!」

「麓の村の収穫が遅れていたようです」

「雑穀屋によろしく言っておいてくれよ。それから……これは駄賃の代わりだ」


 猟師は大量のゆで卵を貰った。


「ありがとうございます」

「売り物にならない極小サイズだけどよ、まあ食べてくれ」


 クロエはキラキラした目で二人の男を見つめている。


 すると、男はすぐに警戒した。


「あの子か?モイズが言ってた若い女ってのは」


 猟師が代わりに答える。


「しばらく山に住むそうだ」

「何があったか知らねえけど、どうせあの子も脛に傷があるんだろう」


 クロエは首を傾げた。


(〝あの子も〟……?)


 どうやら、この山々に住む人はみんな脛に傷があるらしい。


(猟師さんもかしら)


 名前を頑なに教えてくれないところを見ると、きっとそうなのだろう。


 クロエは気を取り直して籠をごそごそすると、ギヴァルシュの包みを手に取った。


「私、クロエと申します!あの、よかったらこれ……ごあいさつ代わりに」

「お!何だ何だ?」


 猟師が言う。


「それ、ギヴァルシュが入ってる。この子は〝ラベイユ〟でパティシエーヌをしていたらしいんだ」

「え?じゃあまさかこの子、エルマーさんの弟子?」


 その説明で、クロエは察した。


 この養鶏所の卵で、ラベイユのお菓子が作られていたことを。


 男はクロエを頭から爪先まで舐めるようにして見ると、包みをポケットに入れてこう言った。


「……ありがたくいただいておくよ」


 あちらからの自己紹介はナシだった。そして、男はすぐに養鶏所へと引っ込んで行く。


 クロエはぽかんとしていたが、猟師にせっつかれた。


「ほら、行くぞ」


 クロエは慌ててカルルに乗り込んだ。


 二人は再び空に舞い上がる。


 クロエはひとりごちた。


「山に住む人たちって、不愛想だし、みんな名前を名乗らないのね。変なの」

「……」

「あなたもよ?猟師さん」


 猟師は静かに答えた。


「この山の人間は、みんな、人には言えない秘密を持っている」


 クロエはどきりとした。


「秘密……?」

「そこは絶対詮索しないでやってくれ。黙って山に引きこもって生きるしか方策がなかった憐れな奴らなんだ」


 少し、猟師自身の実感もこもっている声色だった。


 クロエは押し黙りながら、


(そんなの、先に言ってくれなきゃ分からないわ……)


と少しむくれた。




 ブレニッツに到着した。


 昼頃の町は、そこかしこに人がいる。いつものように宿屋にカルルを係留し、猟師は言う。


「頼まれごとを引き受けて来る。日没までにここへ集合な」

「分かりました!」


 そう応えてはみたものの、どうやって売ればいいだろう?


 クロエは籠を腕にかけると、とりあえず町をうろついた。


 女性が井戸端で話し込んでいる。


(女性なら、甘いもの好きよね?)


 クロエは、そちらに吸い寄せられるように歩いて行った。


「あのう、すいません」


 クロエは声をかけた。女性三人が振り向く。


「何かしら?」

「あのう、私はパティシエールで、お菓子の販売をしております。ギヴァルシュおひとついかがですか?」


 すると女の一人が言った。


「懐かしいお菓子!おいくら?」

「ひとつ、100デニーです」

「高っ」


 話はそれで終わってしまい、女三人は再び井戸端に花を咲かせた。


 クロエはショックを受ける。


(高い……そっか……)


 ランチセットが200デニーの町で、お菓子が急に100デニーと言われてもそう思われるのが関の山だろう。


 しかし、クロエは材料費から逆算しても、その値段設定は変えたくなかった。


(どこでお菓子を売ったらいいかしら?)


 クロエは、今度は場所を変えることにした。

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