15.宿屋のランチセット
「へー、ブレニッツにはお菓子屋さんがないんですね」
「だから……その、もしいいお菓子が出来たら、ここに売りに来ればいいんじゃないかな」
クロエは目を見開いた。
「あ、いいですね、それ!」
「そうすれば、材料費ぐらいは回収出来るんじゃないか?」
「猟師さん、頭いい~」
「俺もたまにここへ獣肉を売りに来てるんだ。売れ行きは好調だよ」
「へー、この村の人は食いしん坊なんですね」
「辺境で、とにかく娯楽も物資も少ないからな。みんな目新しくて美味しいものが好きなんだ」
クロエには、もうひとつ目標が出来た。
自分でお菓子を作って、販売すること。
それを繰り返せば、お金も手に入るし、人の輪が広がって行くかもしれない。
一方、猟師は困った顔で謝罪した。
「そうだよな。攫われて来たのに、そんなに金持ってるわけないか……さっきは、ごめん」
「いいえ。気にしないでください」
「そうだ。せっかくここまで来たし、何か食べて行かないか?」
クロエはぽかんと口を開ける。
「へっ!?何でですかそんな……奢ってもらうなんてとんでもない!」
「……ん?誰が奢るって言った?」
「?」
「出世払いでいいよ」
「そういうことでしたか……」
そう言われてみれば、どこからともなく美味しそうな香りが漂って来る……
その方を見ると、大人しく係留されているカルルと、宿屋が見える。
クロエは悩まし気に言った。
「確かに、宿屋さんからめちゃくちゃいい香りがしますね……」
「あそこは昼から食堂を開けている。おいしいし、俺もよく食べに行くよ」
「じゃあ、あの宿屋さんに行ってみたいです!」
クロエは産まれてこのかた旅行に行ったこともなかったし、王都から出たこともなかった。
人生は一度切り。出世払いをしてでも、ここで観光気分を味わうべきだろう。
「じゃあ、行くか」
二人は宿屋へと入って行く。
ブレニッツの宿屋は、人が泊ることは少ない。
なのでどちらかというと、食堂がメインなのだそうだ。
二人が入ると、既に食堂は地元の人でいっぱいだった。隅っこの席に通され、二人は向かい合って座る。
「猟師さん、よくここに来るんですか?」
「ああ。カルルに乗るお客さんで、馴染みの人にはここを紹介する」
「へー」
テーブルに乗せられた手書きのメニューを読む。
ランチはAセットとBセットの二種類があるらしい。
「Aセットは、鹿肉のワイン煮と、フルーツサラダとライ麦パン。Bセットはベーコンとキャベツのにんにくパスタと、にんじんのポタージュ……どれも美味しそう!」
「もう、文字だけで美味しいだろ」
「うん!」
しかも、値段が驚くほど安い。王都では、このメニューであれば2000デニーは下らないところ、この宿屋では200デニーだ。
(ここは……確かに、誰かに勧めたくなる地域の名店ね)
女性店員がやって来た。
クロエはAセット、猟師はBセットを頼んだ。
ふと、女性店員が思い出したように言う。
「あら、猟師さんじゃないの」
「コレットさん、いつもお世話になっております」
クロエは内心(この人、自分の名前を教えないことを徹底してるな……)と思った。
コレットは注文を取る前に尋ねた。
「この女の子は……?」
「彼女はカルルの乗客です」
クロエは、地域に顔を通す意味でも積極的に話し出す。
「こんにちは。私、クロエと申します。職業はパティシエールです」
「へー、すごい!お菓子を作れるの?」
「はい。今日は材料の買い付けに来たんです」
「いいな~。あなたの作ったお菓子、いつか食べてみたいわ」
「今度お持ちしますよ」
「本当!?」
女性というのは、甘味の話になると目の色が変わるものだ。クロエは、王都で何度も目にした女性たちの瞳の輝きを忘れることはない。
コレットが去って行き、しばらくすると、ランチセットが運ばれて来る。
クロエは久々に見る色とりどりの食事に目を奪われた。
「外食……本ッ当に久しぶり」
「時間がない。早く食べちまおう」
二人は周囲の客がするように、食前の祈りを捧げてから食べ始めた。
香ばしい骨付きの鹿肉にかじりつくと、じゅわっとくせのある脂っぽさが旨味と共に吹き出して来る。
皿の隅に添えられたレフォールとマスタードを交互につけて食べると、途端に味わいが変わる。
そのあとにオレンジの果肉入りドレッシングであえたレーズン入りサラダを頬張ると、脂っぽさが消えて旨味だけが頬の内側に残る。
味に飽きる瞬間がない。
クロエは久々のごちそうにくらくらした。
「これ、無限に食べられる……!」
「だろ?次来る時はBセットを頼むといい」
「王都のレストランよりも美味しいわ!」
「やっぱり周辺に農家が多いから、材料が新鮮なんだよ」
クロエは腹を満たしながら、心も満ちて行くと感じていた。
(美味しいものが持つ力は、なんて尊いんだろう)
どんなにどん底にいても、食べ物が美味しければすぐに立ち直れる。クロエはそんな気がした。




