14.小さな町ブレニッツ
竜に乗って、二人はブレニッツという小さな村にやって来た。
王都で働き詰めだったクロエには、新鮮な景色だった。建物のレンガはどれも古びて崩れそうなのに、どの家も壁につる性植物を這わせ、庭をプランツカバーで素敵に彩って瀟洒な田舎町を演出していた。
クロエは飛び跳ねるようにカルルから降りた。
「わぁ。かわいい町」
カルルを宿屋の馬屋に係留しながら猟師が問う。
「まずはどこへ行く?」
「えっ。ついてきてくれるの?」
「当たり前だ。こちとら早く用を済ませたい。このあと、別の村の住人を運ばなきゃいけないんだ」
クロエは期待が外れて少しむくれた。
「えーっと……蜂蜜と砂糖、それからナッツが買いたいです」
「それなら、こっちだ。シモンさんの雑貨店がある」
彼はこの町に明るいらしい。
二人は連れ立って歩いて行って、町外れにあるひときわ大きな店に入った。
店の扉は既に開いており、他にも買い物客がいる。
中にはブレニッツ産の色とりどりの野菜が置かれていた。かと思えば、壁には大小様々な箒やエプロンもぶら下がっている。雑然としていて、何でも屋のようだ。小太りの老いた店主が、奥から暇そうにこちらを見つめている。珍しい顔だと思われているのだろうか。
「こんにちは、シモンさん」
猟師が挨拶をする。店主シモンは彼に小さく手を振った。
クロエはじっくりと店内を見て回りながら、お目当てのものを見つけた。
店主のすぐそばに置いてあるショーケースの中に、まるで貴重な品だといわんばかりに黄金色の蜂蜜がひとつ飾ってある。
「すみません」
クロエは老店主に声をかけた。
「この蜂蜜、ひと瓶おいくらですか……?」
すると彼は簡単に言った。
「10000デニーだよ」
クロエはショックを受けた。非常に高額である。
「そっ、そんなに……?」
「このはちみつは最高の味だからね。たまに噂を聞きつけた貴族なんかが買い求めに来る逸品だよ。庶民のお財布には到底無理だ」
「きっと、素晴らしい味なんですね……」
「おうよ。何せあの、〝アンナの養蜂所〟のトチノキ蜂蜜だからな!」
山育ちの蜂蜜は、誰もが憧れる高級品だったのだ。
クロエは、泣く泣くその蜂蜜をあきらめることにした。
しかしながらエルマーがこの蜂蜜をふんだんに使っていたラベイユの蜂蜜ケーキは、思いのほか高級品だったことが判明した。
(エルマーさん、結構安く出してたけど……採算取れてたのかしら?)
今更ながら、ちょっと心配になる。
彼女のがっかりした顔を少し笑うと、店主シモンは言った。
「まあそう泣くなよ。アンナの養蜂所のものでなくていいなら、安いのもある」
クロエの目に再び光が戻る。彼は別の棚に二人を案内した。
「これが一番安いそのへんのはちみつ。500デニーだ」
「ありがとう。お砂糖はありますか?」
「砂糖はこっち。一番少ないもので200デニー」
「じゃあ、それください」
クロエはようやく甘味を手に入れた。砂糖とはちみつ、この世の二大甘味料だ。
「あと、ナッツが欲しいんです。五種類」
するとシモンはすぐに察した。
「おや?まさか、ギヴァルシュを作るつもりなのか」
「!ギヴァルシュを知ってるんですか?」
「今や、俺みたいな老人しか知らない古のお菓子だよな」
「あのう、作り方とかって知ってます?」
店主は簡単に言った。
「ナッツを、砂糖と蜂蜜を混ぜ合わせたもので煮詰める。たまにそこへバターを入れる家もあるな。塩味を加えるご家庭もある。何はともあれ冷やし固めて完成──こんなところだな」
クロエは目を閉じ、自分なりにそのお菓子を思い浮べた。
村の片隅で、老婆が昔を思い出しながら、古びた、しかし整然とした台所で作っている後ろ姿を──
クロエは再び目を開けた。
「ありがとうございます!何となくイメージが掴めました」
「そんで……ナッツは、うちで手に入るのはこれだけだ」
店主はナッツの詰め合わせを取り出した。
「これで500デニーだ。砂糖と蜂蜜、これと合計で、1200デニー」
クロエはポケットから小銭を出して支払った。
「ありがとうございます!」
「また来てくれよ」
クロエは猟師と共に店の外へ出た。
これで、目的は果たせた。クロエは猟師に向き直った。
「ありがとうございました!お急ぎのようなので、早く山へ戻りましょう」
猟師は、何か言おうとして逡巡しているようだ。クロエは首を傾げた。
「?どうかしました?」
「えーっと……まだ、次の仕事まで時間がある」
「え!?そうなんですか?」
「せっかく金を払ってここまで来たんだから、もっと行きたい場所があれば行くといい」
「うーん。でも、さっきのでもうほとんどお金がなくなっちゃったんです」
「!?」
猟師は衝撃を受けている。
「は?お菓子を作るために、全財産使っちゃったってこと……?」
「まあ、そうなりますね」
「どうすんの。それで大丈夫?」
「でも、私にとってはお菓子作りは凄く大切な時間なんです。だから、仕方ないんです」
猟師はしばらく衝撃を受けてから、どこか憐みの目でクロエを見下ろした。
「そうか、クロエはそんなにお菓子作りが好きなんだな……」
「はい。お菓子作りって、作っている間のあの甘い香りとか、買ってくれる人の顔とか、その土地の風習とか、そういうものが一気に繋がって行く、とっても得難い時間なんです。私の人生そのものなんです!」
「……」
猟師はしばし思案すると、こう言った。
「実はこの村には、お菓子の専門店がないんだ」




