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13.郷土のお菓子ギヴァルシュ

 クロエは教科書を読んだ。


「ヴァルテルミ王国北側に位置する山だらけのツバルト県では、春のお祭りに蜂蜜のギヴァルシュを大人から子どもに配る習わしがあります。このお菓子を食べた子どもは、一年を健康で過ごせるという言い伝えがあります……」


 クロエは首を傾げた。


「〝ギヴァルシュ〟って何かしら……?」


 初めて聞く名前だった。


「蜂蜜を使ったお菓子なの?配るってことは、小さいものなのかしら……」


 パティシエールの血が騒ぐ。


「郷土料理ってことは、きっとこの山の人なら食べたことのあるものなのよね?」


 しかし、王都ではお目にかかったことはない。


「気になるわね……」


 暇を持て余したクロエは、ふと猟師の言葉を思い出す。


──だから復讐とか一泡とか、馬鹿な真似はするな。クロエはクロエの力で、成すべきことをするんだ。


──その馬鹿息子のことは忘れて、自分の人生を再出発しろってことだよ。馬鹿のことを考えている時間が勿体ない


「そうだわ、とにかくやりたいことをやればいいのよ。私は、悩んでいたくない。お菓子を作りたい──みんなに食べてもらいたいんだ」


 彼女は人生の大半をお菓子作りに捧げて来たので、何もしないのはどうも落ち着かなかった。


「私なりのお菓子作りを始めよう。この、未知のお菓子を作ってみたい。そうしよう」


 色々あって今まで混乱していたが、クロエのやりたいことは山に埋められる前と何も変わらなかったのだった。


「お金、お金……あった」


 ポケットをまさぐる。教会にほとんどを置いて来てしまったが、小銭はいくらか入っていた。


「町まで竜に乗せてもらうとすると、いくらくらいかかるんだろう?猟師さんに会ったら聞いてみようっと」


 クロエは冷たい床に寝転んだ。


「はぁ……ベッドが欲しい」


 今日は知らない人と沢山出会えた。


 悪い一日ではなかったはずだ。




 次の日。


 昨日の残りを朝食にしていると、カランカランと鈴の音がやって来た。


「……モイズさんだわ!」


 クロエは壁に立てかけてあった教科書を掴むと、外へ飛び出していく。


「おはようございます!モイズさん」

「おお、あんたか」

「すみません、ちょっとお聞きしたいことがありまして……この、教科書に書いてある〝ギヴァルシュ〟というお菓子なんですけど」


 モイズはそれを聞くと、軽く頷いた。


「〝ギヴァルシュ〟か。懐かしいね」

「これ、どんなお菓子でしたか?作ってみたいんです」

「〝ギヴァルシュ〟を?何で?」

「ただの好奇心です」


 モイズは面喰らっていたが、思い出そうと斜め上を向いた。


「〝ギヴァルシュ〟はね、五種類の木の実を蜂蜜と砂糖で固めたものなんだ。とても原始的なお菓子だが、甘味の手に入らない昔には高級品だったな。木の実の種類は時代によって変わるが、要は五穀豊穣を祈るためのお菓子だよ。色んな実を固めるというところから、結婚式や出産祝いのお菓子としても発展した」


 クロエは目を輝かせた。


「へー、この地域でかなり定着していたお菓子なんですね!」

「ああ。昔ながらのお菓子だから、今はもうあえて作る奴はいないよ」

「どうやって作るものなんですか?形は?」

「ごろっとした五種類のナッツを甘味で固めるだけだよ、特別な形成はしない。形は、ナッツが固まったそのものって感じだよ」


 知らないお菓子の存在は、クロエの心をくすぐる。


(はちみつと砂糖で固めた……ヌガーみたいなものかしら)


 段々と想像がついて来た。


「私、お菓子作りを再開したいんです。そこで、町へ出たいと思うのですが……」


 モイズは言った。


「ということは、竜を探しているんだな?あいつなら、そろそろここへ来る頃だと思うぜ」

「えっ?どうして分かるんですか?」

「どうしてって……ほら」


 モイズが空を指さす。頭上を、青い竜が横切るところだった。


「ほら、お前も手を振れ!」


 クロエはモイズに指示されて、よく分からないが空に向かって手を振った。モイズも加勢するように両手を振る。


 ふわりと竜が降りて来た。


「何だ何だ?二人して何か用?」


 猟師の青年が降りて来ると、モイズが先に言った。


「クロエがふもとの町へ出たいんだとよ」


 クロエがなぜか恥ずかしそうに首をすくめる。猟師は言った。


「金はあるか?こっちも生活がある。今日からは駄賃がないと、乗せないぞ」


 モイズが代わりに言う。


「ケチ!」

「おっさんは黙ってろ」


 クロエはポケットをまさぐった。


「えーっと、おいくらですか?」

「往復で500デニー」


 思いのほか安かった。クロエはほっとして500デニー銀貨を一枚取り出す。


「ありました。これで乗せて下さい!」

「今日は時間があるからいいけど、先約があったり、忙しい日は乗せられないこともあるから注意な。あと、カルルが調子の悪い日も乗せられない」

「はいっ」

「そこだけ心に留めておいてくれ。じゃあ、後ろに乗れ」


 クロエはカルルの背に乗った。また空へ舞い上がれると思うと、わくわくする。


「ふもとの町は、ブレニッツという。小さな町だよ」


 話しながら、猟師は竜の手綱を引いた。


 竜が大地を蹴って上空へ飛び出していく。体全体に引力と浮力がかかり、クロエは密かに嬉しい悲鳴を上げた。

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