12.鹿肉と空豆と塩の揚げ焼き
クロエはシロツメクサの花冠を編むと、家畜の頭に乗せる。
アンナのヤギの頭にも。
「暗くなったから、送って行くよ」
クロエの仮住まいの廃校まで、モイズもついてきた。
クロエは見知らぬ老人に家までついて来られることに、少し警戒したが──
「あっ、カルル」
廃校の前。
夜の闇に、カルルの瞳と猟師のランタンが光って揺れている。
彼女はほっと息をついた。
猟師はランタンを掲げると、怪訝な顔をした。
「あれ……?モイズさん」
「おう、若いの。久しぶりに会うね」
二人は知り合いらしく、親し気に挨拶を交わしている。どうやらモイズの話していたことは本当のようだ。
クロエも挨拶した。
「猟師さん、こんにちは」
「ああ。約束のもの、色々持って来たよ」
モイズはそんな青年の顔を見るなり、にやりとほくそ笑んだ。
「俺には愛想のひとつもないお前が贈り物とは、どういう風の吹き回しだ?さてはお前、クロエを狙っているのか?」
「うるせー。女で落ちぶれたあんたとは違う」
「俺にはそんなおつかいしてくれないのに……」
「彼女は着の身着のままで、困ってたから助けてるだけだよ。俺の山で死なれたら困るし……それにモイズさん、別に何にも困ってないだろ」
なぜかブツブツとすねるおじいさんを無視し、彼はごそごそとカルルの背中から籠を降ろした。
「こんなもんしか集められなかったけど」
その中には柄の壊れたおたまや曲がったスプーンとフォーク、フライパン、割れたランタン、欠けた皿などが入っていた。
「これだけあれば助かります!」
「まあ、一時しのぎだからな。あとこれ、塩」
クロエは目を輝かせた。
「し、塩!!」
正直なところ、一番うれしいお土産だった。クロエは打ち震えた。
「いいんですか?塩なんて高級品……」
「別に高級じゃないよ。町へ出ればいくらでも買えるもんだ。あげるよ」
モイズはそのやりとりを、どこか微笑ましく見つめている。
「ああ、そうだ。私も、これ……」
クロエは、思いついたように花冠を取り出した。
「カルルにあげます」
クロエは竜の頭に花冠を乗せてやった。カルルは嬉しそうに「ギャッ」と声を上げた。
「……喜んでるみたいだな」
「色々くれたお礼です」
「そんな律儀にやんなくていいよ。あんまり不特定多数に愛想を振りまくな、いつか危険を呼び込むから」
モイズはニヤニヤしている。
「じゃ、モイズのおっさん。またな」
「おう」
「早く帰れよ。ほらっ」
青年が竜をけしかけると、モイズは渋々といった様子で去って行った。
「じゃあ、クロエ。頑張って」
「はい!」
青年は竜と夜空を飛んで行く。
ランタンが夜空に溶けていった。
「……竜、いいなぁ」
クロエはそう呟くと、小屋の中に戻って行った。
食器が集まると、ようやく人間らしい生活が始まる気がした。
「今日は何を作ろうかな」
塩が手に入ったので、やる気も上がる。
「フライパンで、ちゃちゃっと塩焼きがいいかしらね」
手元にあるのは、塩と鹿肉と空豆。
鹿肉の油の多い部分を切り取ると、フライパンで焼き、香ばしい油を出す。
じっとりと油が回ってきたところで、空豆を投入した。
肉の油で焼き目がつくまで空豆を炒って、塩を振る。
空豆と鹿肉の炒め物が出来た。
クロエはそれを皿に盛り付けると、うっとりと眺めた。
「あああ、いい香り」
早速フォークで刺して、口に入れてみる。少し青臭い空豆が肉の香りをまとって揚げ物と化し、ほくほくパリパリとした食感が下に広がる。クロエの心は、春の香りで潤った。
「ああ。春って感じ……」
豆と塩は相性が良過ぎる。
「食事って大事ね。癒されるぅ……」
何もかも失ったはずのクロエだったが、ようやく今、心が回復したと感じた。
「やっと息苦しくなくなった気がする」
都会にいた頃は、こんなことはちっとも考えたことがなかった。美味しいお菓子に囲まれ、何でも手に入る生活は確かに便利だった。が、いつしか何か大事なものを見失っていた気がする。
(孤児だった時、エルマーさんのお菓子で感動を味わったあの気持ち……あれと同じ気持ちを、今味わってる)
この山には、人生を変える味がある。
「何もないと思っていた時に口にする味って、人生も変えるわね」
クロエは自分を奮い立たせた。
「そうよ。どんなに酷い目に遭ったとしても、私はまだ生きてる。食べられている……美味しいものを」
それに。
「山の人たちも、助けてくれるみたい。私、まだ大丈夫」
クロエは自分にそう言い聞かせた。
そして今後どうすべきかを、ランタンの明かりを睨みながらじっくりと考える。
「もっと、今の私にできることはないかしら……」
時間を無為に過ごしたくはない。クロエが部屋を隅々まで見渡した、そんな時──
部屋の隅に、教科書の束が積んであるのを見つけた。
「へー。教科書かぁ、懐かしい」
パラパラめくってみる。孤児院に居た頃に受けた教育が脳裏によみがえった。
「理科……それに社会……ふーん」
クロエが教科書をめくっていると、ふと気になるが文章が目に入った。
「……ん?山の郷土料理?」




